「これを! 早く! これを!」
紀久子は帯の間から敬二郎と自分との二人の遺書を引き出して、狼狽している人々の前へそれを突き出した。だれかがその畳まれてある紙切れを受け取った。そして次の瞬間には、その手はすぐに紀久子の手を握った。
「お嬢さま! こんなところにいちゃ危ないです。火の子の降ってこないところへ!」
「構わないで! 構わないで! ただその手紙をなくさないでね。それには大切なことが書いてあるのだから」
「お嬢さま! とにかくあっちへ!」
「おまえは平吾だね! その手紙は確かにおまえに預けたよ。敬二郎さんとわたしとの手紙だわ」
紀久子はそう叫んで、次の瞬間にはぱっと身を翻して敬二郎の死骸を抱いたまま猛火の中へ飛び込んでいった。
真っ赤に空を焼いて火は燃え狂った。暗闇《くらやみ》の中から大勢の人間が駆け寄ってくる足音が地を揺るがした。遠くのほうで犬が吠《ほ》えだした。
底本:「恐怖城 他5編」春陽文庫、春陽堂書店
1995(平成7)年8月10日初版発行
入力:野口英司
校正:Juki
1999年11月8日公開
2005年12月24日修正
青空文庫作成ファイル:
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