な胸を、しかしぐっと引き締めるようにしながら、ふたたび馬腹へ拍車を加えた。
3
正勝は馬を下りると路傍の馬|繋《つな》ぎ杭《くい》に馬を繋いで、吾助茶屋に入っていった。
薄暗い居酒屋の土間には、開墾地の人たちが五、六人ばかり炉を囲んでいた。彼らはいっせいに戸口のほうを振り向いた。正勝は微笑を含んで、炉のほうへ寄っていった。
「正勝さんだで」
「さあ、正勝さん! ここへおかけなせえよ」
開墾地の人たちはそう言って、正勝のために自分の席を譲った。
「雑穀屋へ来たのかね。今年はどんなだね? 穀類のほうは?……」
正勝はそう言いながら、腰を下ろした。
「今日は雑穀屋の旦那《だんな》のとこさ、相談に来たのですがね。相談にならねえで、はあ物別れのまま帰ってきたところですが、業腹なものだからここで一本|貰《もら》って……」
開墾地の彦助爺《ひこすけじい》が鼻水を押し拭《ぬぐ》いながら言った。
「やっぱりそれじゃ、今年も値段が折り合わねえのかね?」
「今日の相談は、こっちも少し無理かもしんねえがね。おらんちの嬶《かかあ》が目を悪くして病院さ入れたんでがすが、手術をしなくちゃ目が見えなくなってしまうっていうんで、手術をしてもらうべと思ったら、それにゃあ百五、六十円はかかるっていうんでがす。しかし、片方の目どころか両方の目が見えなくなったって、おれにはそんな大金ができねえから、村の人たちと相談してみたところ、村の人たちが全部保証人になって雑穀屋から借りてくれるって言うんで来たのですが、雑穀屋も百五十両からとなると……」
開墾地の稲吉《いなきち》はそこまで言って、啜《すす》り泣くようにして笑いだした。
「おれらが保証人になって、今年は五十円だけ、そして来年も五十円だけ、そして再来年には全部|返《けえ》させるし、利子も相当につけさせるからって言ったんですが、おれらを信用しねえでがすよ」
喜代治《きよじ》は炉の中へ三度ばかり唾《つば》を吐きながら、唇を突き出すようにして言った。
「稲吉さん! 百五十円あれば、それで目が見えるようになるのかね?」
正勝はそう言って唇を噛《か》んだ。
「見えるようになるというんですが、片方の目を百五十円も出しちゃ……」
「見えるようになるのなら、おれがそれを出してやろう」
正勝はそう言いながら蟇口を取り出して覗《のぞ》き込んだ
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