こに相互的な関係を考えずにはいられなかった。
三
機関庫裏には、滝の湯の方への、割合に平坦な路が一本うねっていた。吉田は機関庫の宿直室からぬけて、よくそこへ散歩に出て行った。
若々しい青葉の晩春で、搾《しぼ》りたての牛乳を流したような靄《もや》が草いきれを含んで一面に漂っていた。吉田は口笛を鳴らしながら、水色の作業服のズボンに両手を突っ込んで、静かに歩いた。遠くから、湯の川の音が睡《ねむ》そうにとぎれて来た。野犬が底の底から吠えたてていた。
「機関手さん! 御散歩?」
靄の中から病気の繊《かよわ》い女の声がした。
吉田は口笛を止めて振り返った。鼠色の女の姿が、吉田の胸の近くまで、跳ねるようにして寄って来た。
「機関手さん! 済みませんが、私を送って行って下さらない?」
顔を伏せるようにして、女は、袂《たもと》の端を噛みながら低声《こごえ》にいった。白粉の匂《にお》いと温泉の匂いとが、静かに女の肌から発散した。
「ね! いけませんこと?」
「…………」
吉田は、ひどく当惑した。彼は黙って、ただ、女の白い顔を視詰《みつ》めていた。
「いけませんこと? ね、機関手さん。」
こう彼女は繰り返した。
「送って下さいよ。ね、いいでしょう?」
「あなたの家は、一体、どこなんです?」
吉田は、彼女の肌からの体温を身近に感じながら、初めて口を開いた。
「すぐですわ。すぐそこなの。」
「じゃ……」
吉田は首を垂れるようにしながら歩き出した。彼女は彼の身体へ寄り添うようにしてついて行った。
四
彼女は町端れに、六畳と三畳との二間の貸家を借りて、そこでささやかながら生存を続けていた。土地の誰かが、鉄道の開通した当座に、長い逗留《とうりゅう》の客を当て込んで建てた家であった。簡易な別荘風の安普請《やすぶしん》であった。併し、誰も借り手がなく、長い間あいていたもので、彼女は僅かの家賃で借りることが出来た。
彼女の家の中には、殆んど家具というようなものが無かった。簡単な炊事の器具のほかに、何ものをも必要とはしないからであった。幾度も幾度も湯につかり、昼の間は眠って、夜が来ると眼をさますのが、彼女の二十四時間であったから。
彼女は逗留客としての一面を生活し、同時に、出稼ぎ人としての滞在をしているのであった。彼女の温泉場への第一の目的は、都会の場末
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