から受け取っておいた永峯の愛情をさえ乗り越えることがあった。
 彼女はときにはまた、彼らがあの時に話していた偽映鏡のことを思い出した。
 あの場合、偽映鏡という言葉が何を意味していたのか彼女には一つの疑問であり、ただ一つの好奇的な対象でもあった。
 彼女はそしてしばしば、病院の中の吉本を見舞ってやりたいという感情に揺り動かされるのであった。
 ――恋というにはあまりに哀しい暗さを持った感情! 友情という代わりに、好奇的な冷たさを持った愛情をもって。

       8

 空が青く冴《さ》えていた。
 吉本は長く伸びた髭《ひげ》の中に微笑を湛《たた》えて、雅子を迎えた。
「どうなんですか? その後は……」
 雅子は吉本の目を見詰めながら言った。彼の目は髑髏《どくろ》のように、痩《や》せた眼窩《がんか》の奥で疲れていた。
「そろそろもう治ろうと思っているんです。発作を起こすなんて、そんな馬鹿《ばか》らしい真似《まね》をする必要はなくなったようですから」
「まあ! ではあなたは、何か必要があってあんな真似をしていたんですか?」
 雅子は驚いて低声《こごえ》で叫んだ。
「世の中の偽映鏡は、ぼ
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