返りながら言った。
「ええ、なにも言わずに、突然がーんと殴りつけたんです」
「きみはどうしてそんな乱暴をするんだね?」
 巡査は青白い顔の男の肩に手を置きながら、怒ったような顔をして言った。男はなにも言わずに巡査の顔を見詰めていた。
「気が変らしいんですよ。どうも……」
 だれかが傍から言った。
 青白い顔の男はただときどき、静かに頭を振るだけであった。そして、怪訝《けげん》そうな目で周りの群衆を眺め回すだけであった。
「気が変になったにしても、なにかきっかけというものがあったろう?」
 巡査は鼻を押さえて、仰向《あおむ》きになっている男の傍へ寄っていった。
「それはそうですが、やっぱり気が変らしいんですね。わたしはそこの店に坐《すわ》っていて、よく見ていたんですが……」
 こう言って、偽映鏡の前から焼栗屋《やきぐりや》の主人が巡査の前へ出ていった。
「どっちから来たのか、わたしの気がついたのはそこの鏡の前に立っているときなんですが、その時はちっとも変わった様子がなかったんです。それが……」
「この若者は毎朝出がけに、わたしのところで煙草《たばこ》を買っていくんですがね」
 三、四軒先
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