吉本が憂鬱になりだしたのは、行方を晦ましていた永峯を発見したその日から始まっていた。――というのは、実は永峯の行方を見失うと同時に、吉本はある一人の女性の行方をも見失ったからであった。
吉本は、自分から同時に姿を晦ましていったこの二人の友達を、まず、その秋川雅子《あきかわまさこ》という女性の行方から捜しにかかったのであった。
最初に、吉本が中学校からの友人、秋川の妹の雅子を知ったのは、彼が高等学校に入ってから間もなくのことであった。そして、吉本はやがて秋川の妹の雅子をひどく愛しだしたのであった。が同時に、永峯もまたそのころから彼女を愛しだしていることを知ったので、彼は自分の愛情を結婚に向かって進めることをやめてしまったのであった。親しい友人の間で彼女を奪い合うというようなことがいやだったからでもあったが、本人の彼女の態度がだれのほうをより多く愛しているのか、どうしてもはっきりとしなかったからでもあった。
そして、彼らは自分たちのほうからも、なるべく彼女のことを忘れようと努めた。彼らが工場へ入って労働運動というような仕事に身を投げ出したのも、ある意味ではその積極的な一つの表れということができた。
しかし、彼らはやはり、容易に彼女のことを忘れることができなかった。
「おい! 秋川のところへ行ってみようじゃないか。秋川はぼくらとは階級が違うから、思想的に立場が違うから、仕事は一緒にやっていけないが、友人として、その友情だけは続いているのだから……」
彼らはそう言って、よく秋川の豪壮な邸宅を訪ねていった。そして、彼らの共通な友情は秋川のうえに続けられていくと同時に、妹の雅子のうえにも同じように続けられていた。
そんな風にしているうちに、永峯が突然どこかへ姿を晦ました。吉本はなにかしら片腕の自由を失ったような寂しさから、ほとんど毎晩のように秋川を訪ねていくようになったのであったが、彼はふと、妹の雅子の姿がいっこうに見えないことに気がついた。
「雅子さんはどうしたんだね? 少しも見えないね」
吉本はとうとうこんな風に訊いた。
「雅子は恋をして、この家《うち》を出ていってそのまま帰ってこないんだ。たいがいの見当はついているんだが、ぼくがわざと捜しに行かないんだ。父や母はいろいろ言っているんだけど、ぼくの考えでは、彼女の自由を束縛するわけにはいかないからね」
秋川は
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