まいなり》の祠《ほこら》があった。秋は黄褐色、冬は灰鼠の色に、春先は暗紫色になり、そして春の終わりから夏の終わりまでは一色の緑を刷《は》く雑木林の丘だった。雑木林のその単調な色彩に模様づけている若い杉杜《すぎもり》の中に、その白木の祠は見え隠れていた。祠の背後には三本の榎と二本の鼠梨《けんぽなし》の大木が若い杉杜の中に伐り残されていた。前には榊や椿や山黄楊《いぬつげ》などが植えられてあった。鳥より他には声を立てるもののないような、その寂寥《ひっそり》とした森の中から、祠は一目に農耕の部落《むら》を俯瞰《ふかん》していた。
祠守《ほこらも》りは田舎医者の細君だった。
最初、夫の病中に彼女は夢を見たのだった。――丘の雑木林の中に一本の大きな椿があり、その下に泉がある。その椿を神体として三週間の礼拝を続け、泉の水を飲んで病夫に呑ませるなら、夫の病気は忽《たちま》ちに癒《なお》るであろう。――という竹駒稲荷大明神の夢枕なのだった。彼女はその夢枕の言葉に従った。不思議に夫の病気は、一枚一枚病皮を剥《は》ぎ取るかのように癒って行った。彼女は早速、その場所に、その椿を親柱として白木のささやかな祠
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