は清次郎を掴《つか》まえた。
「清次郎氏! 小頭って役目は、右向けいってときに、みんなが右さ向く間に、左さ向いて、肩を将棋の駒のようにしながら、火事場の方角でも確かめるのかね? そして、左向けいってときには、右さ向いて……」
「うむ。糞でも喰らえ。覚えていやがれ。」
 清次郎は自棄《やけ》に唾を吐き散らした。そして見物人達の笑い声を背後《うしろ》に浴びながら幹部休憩所の方へやって行った。

     二 猟犬ジョンの奇蹟

 猟犬のジョンは九日目の朝に戻って来た。
「お父つあん! ジョンが帰って来たよ。」
「うむ? ジョンが? どれ?」
 炉端で新聞を読んでいた平三は、裸足《はだし》で戸外へ飛び出して行った。――小学校の庭で消防演習があってからまもなく、どこへ行っていたのかジョンは、今朝まで姿を見せなかった。平三にとっては、この上もない痛手だった。彼はこの季節になると、田畑の方の仕事は一切、女房や子供達に任して置いて、自分はジョンを連れて狩猟に出なければ暮らして行くことが出来ないのだったから。
「あっ! どうしたのだべ? ジョンの頭が、前よりなんだかおかしくなったよ。ジョン! ジョン!
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