若い人夫はそう言って、墓場の中を駆けていった。

     7

 駐在巡査の来るまでには、相当の時間があった。駐在巡査は若い人夫から聞き取ったままを電話で一応本署のほうへ報告しておいて、それから現場に来たのだった。
「吾平爺さんのところには、小さい子供はいなかったかな?」
 駐在巡査は歩み寄りながら大声に言った。
「あそこには十八、九の娘が一人いるきりで、小さいのはごぜえませんでした。なにしろ、その娘の母親が死んでから、十年近くにもなるんですから」
 年寄りの人夫がお辞儀をしながら言った。
「じゃあ、いったいどうしたというんだろうなあ」
「それで、猫か何かの骨じゃないだろうかって、いま話していたところなんですがね?」
「いや、やっぱりこれは人間の骨だろうなあ」
 駐在巡査はそう言って、そこにしゃがみ込んだ。
「……その娘は、妊娠はしていなかったのか?」
「東京から帰ってきたときにはそんな噂もちょっとごぜえましたがね、でも、それからは身体《からだ》の具合が悪いとか言って、寝てばかりいたようでした。見かけたこともごぜえませんでしたし、何の噂も聞きませんでしたから……」
「ことによるとこりゃあ、その娘の子だぜ。堕胎をしてそれを隠匿したのか、でなければ、産むとすぐそれを殺してしまったのか」
 それにはだれも答える者がなかった。そんな風にも、考えていけば考えられることだったし、何かそこに特別の不思議なことがあるのではないかというようにも思われるからであった。
「なーに、いまに本署から医者が来るから、これだけちゃんとした証拠があれば、すぐ分かるよ」
 駐在巡査はそう言って、手についた灰を叩き落としながら立ち上がった。

     8

 警察署から巡査部長と警察医とが自動車で出張してきたのは、それからしばらくしてからであった。
 警察医はその小さな遺骨を、嬰児《えいじ》の骨格と鑑定した。
「それで、女というものは子供を産んで、幾日ぐらいまでならこの女が最近子供を産んだか産まないかということが分かるんです? 最近なら分かるんでしょう?」
 駐在巡査はそう警察医に質問した。
「そりゃあ、もちろん分かるには分かります。しかしそうまでしなくても、一般に女は非常に感動しやすいですから、その死体なり遺骨なりを目の前へ持っていくと、その時の表情や何かですぐ分かりますよ」
「はあ、そういうもんでしょうね」
 駐在巡査はそう言ってから、巡査部長の前にふた足ばかり歩み寄った。
「部長! だいたいの目星はつきましたよ」
 駐在巡査はやや低声《こごえ》で言った。
「火葬にした男の娘というのが、どうも妊娠していたらしいんです。それがなんでもないんですから、こりゃあその娘の産んだ子に相違ないと思うんです」
「それでは、その娘が確かに妊娠していたという証人があるだろう?」
「そりゃあ、あるでしょう」
 そこへ人夫が寺から茶を運んできた。
 樫の木の下に集まってみなが茶を手に取ったとき、すぐ近くで自動車の警笛が鳴った。警察署長と地方裁判所の若い検事が書記を伴って、現場を臨検に来たのだった。
 しかし、残っている問題は鶴代がなぜその嬰児を殺したか? ということであった。彼女が自分の産んだ嬰児を殺したのだということについては、もはやだれも疑いを持たなかった。
 検事はまだ非常に若かった。彼は大学を出て就任したばかりであった。本来なら、彼はまだこういう現場へは臨検に来るべきでなかった。ただ、裁判所の都合と、彼の好奇心と、事件がそれほど重大視すべき性質のものでなかったのとの、この三つの偶然が彼をここに臨検させたに過ぎないのであった。しかし、一応調べなければならなかった。そして、その犯罪の動機についても考えてみなければならなかった。
「どうも、この犯罪の裏には情夫《おとこ》があると思うんです」
 若い検事はみなの観察や意見をひととおり訊いてから、それを総合してこう断定した。
「……確かに、その娘が自分の子供を殺したのだというのなら……」
「それはほぼ間違いのないところです。なにしろ、妊娠していましたのがいまではなんでもない身体になっているんですから、産むと間もなく殺して父親の寝床の中へ突っ込んでおいたのじゃないかとも思うんです。あるいは、父親のほうが先に死んだのかもしれません。だれも、いつ父親が死んだものか、いつ子供が産まれたものか、全然分からないんですから」
 駐在巡査はもう一度繰り返して説明した。
「それで父親と娘との間に、なにか変な噂などはなかったのだろうね?」
「それはなかったようです」
「では、確かにこの裏には情夫がいるに相違ないですね。……その娘を妊娠させた男が世間に対して恥ずかしいという気持ちから、娘を唆して殺させた場合と、またはその妊娠させた男ではなく、その娘
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