のと低い調子のと中位のものと三種だけの譜を左に書きました。高いのは鑛山の女の節だと言はれて居ります。中位のは藝者や町の多くの人に歌はれて居ます。低いのは鑛山の男の節です。
 相川のおけさが、外の土地と異つた特色の大事な點は藝者の喉や三味線を離れて成長して來てゐる點です。その點は節ばかりで無く、聲そのものにあります。いかにも素朴なつくつた點の一つもない、初めから調子外れの大聲で無茶苦茶に歌つて出來た聲です。裏をつかつたり、盜んだり、鼻へかけたり、わざと喉をころがしたり、そんな意識的な點を一つも持たない聲です。
[#「中音の相川おけさ」のキャプション付きの楽譜(fig48183_01.png)入る]
[#「二上りの相川おけさ」のキャプション付きの楽譜(fig48183_02.png)入る]
[#「一下がりの相川おけさ」のキャプション付きの楽譜(fig48183_03.png)入る]
 此三つの節の中で二上り調子の高いのが一番古く、中音のが私が島に行つた時分から來る頃まで行はれてゐた節です。いづれにしても※[#四分音符、1−2−93]は八十四位です。今ではまた此一下り調子の低い音ら[#「音ら」はママ]引き上げたやうなのが流行りかけて居ます。それは
[#楽譜(fig48183_04.png)入る]
とか、
[#楽譜(fig48183_05.png)入る]
とか歌ふのです。
 兩津《りやうつ》の節には妙にくるくせがあります。
[#楽譜(fig48183_06.png)入る]
と、斯う言つた調子です。
 村松の人から、村松おけさと言ふのを聞きましたが、まるで佐渡のものと感じが違つて居りました。譜で書きますと、
[#楽譜(fig48183_07.png)入る]
 よく注意して見ると、鑛山の男ぶし、――相川の一番低い調子のおけさ――前に出した今年三十になる女の子供の折の節と出が似て居りますし、中及び下の部分は鑛山の女ぶし――一番高い調子の相川おけさ――ヤーレ、ヤーレマの這入る古いおけさに似てゐます。同じ相川でも遊廓では斯んな節もあります。
[#楽譜(fig48183_08.png)入る]
 字の足りない歌のうたひ方です。
 字足らずにはいい文句があります。
[#ここから2字下げ]
思ひ切りや切れるよかねの鎖も切りや切れる
[#ここで字下げ終わり]
など言ふ歌は字が足りてはならない歌だと思ひます。

 其他の歌――
[#ここから2字下げ]
佐渡と越後は竿さしや届く橋をかけたや船橋を
[#ここで字下げ終わり]
 勿論越後に向つた小木の方の歌です。「何故に届かぬわが思ひ」とも歌ひます。
[#ここから2字下げ]
佐渡で搗く餅越後でならす佐渡と越後はひとねばり
[#ここで字下げ終わり]
「飾つきや」とも、「越後でこねる」とも歌ひます。
[#ここから2字下げ]
金があるとて高慢ぶるな佐渡ぢやみみずがふんに出す
[#ここで字下げ終わり]
 今でも相川の濱邊には瑪瑙や紫石英、赤玉、などと交つて、鑛石が落ちて居ります。三菱が山を引受けてから、慶長以來の捨て鑛を濱から拾ひ、家の屋根の上の板を押へるために載せてゐる石を買ひ取つて、精錬したさうです。
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あひが吹かぬか荷が無うて來ぬか但しや新潟《にひがた》の川留か
[#ここで字下げ終わり]
 あひの風は相川では東北北の風、小木邊では東南の風です。
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空のよいときや新潟が見える殿はにがたの川裾に
澤根通れば團子が招く團子招くな錢はない
[#ここで字下げ終わり]
 澤根が佐渡の西の船着場、兩津――昔の夷と湊――が東の、小木が南の船着場になつて居ります。小木は今では昔の女郎屋が料理屋に變つて來ました。兩津は今なほ遊廓町です。澤根は近くに二見と言ふ遊廓町を控へて居るので正式の遊女は居りません。此頃から今ではほんとうに胃の腑を滿たす澤根團子と言ふ名物が出來て居ります。
[#ここから2字下げ]
酒は酒屋に團子は茶屋に女郎は相川の市町に
[#ここで字下げ終わり]
と言ふ歌もあります。
[#ここから2字下げ]
來るか來るかと上沖見れば矢島經島影ばかり
面の憎いは澤崎鼻だ見たい帆影をはやう隱す
[#ここで字下げ終わり]
 これらは小木全盛時代の遺物です。今でも小木の鎭守の社の前には道祖神とならんだ數個の陰陽石に捧げものが絶えません。毎年六月三十日にその社で輪くぐりと言ふものを町の男女にやらせます。男は神殿にある輪をくぐつたら右へまはつて歸る、女はその反對にまはると言ふので、全町の人が其れをやりに行きます。輪はわらで造つて杉の葉で飾つたものです。社は木崎神社と言つて、小木のそとのま、内のまの二つの港のまん中に突き出した半島にあつて、祭神は此花咲耶姫だと言ふ事です。此祭の晩に必ず買はなければなら
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