す。
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都會人おけさを知らずあはれまるひとりをどりて何のかひかある
ああ都會しうとしうとめならびゐてわれにおけさを踊らざらしむ
古里かおけさをどりを知る人のあらざる里は旅にぞありける
手をうちてはやすものなしわれひとりいかで踊らむおけさをどりを
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 時によると、
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おけさふとうたはまほしくなりにけり佐渡の新平三味彈くらむか
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 相川の南の峠一つ越したところに中山と言ふ村落があつて、そこに中山新平と言ふ三味線の大好な男がゐます。周囘五十三里の佐渡が島中に足跡到らぬ隈なく、到るところで飯を貰つてお祭を追つて歩いてゐます。三味線の音がすると軒下に立留まつて舌を脣の端から出してぢつと聽きとれてゐます。去年の相川祭のとき御輿を迎へる提灯を晝間早くから買つて手に持つてゐたのは私と此男と二人きりでした。途中で行き會つて大に共鳴した體で踊つてくれました。
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先生としてはすこしく碌でなし人間としてあまりにかなし
文三がおけさをどりをせざる日の十日續けば空さへ曇る
佐渡の海鉛色なり文三のおけさをどらぬ日の重なれば
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 或時はまた
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佐渡一のやはらぎうたふおぢの來てうたをうたへばわれもうたひぬ
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 やはらぎは相川の町の人も忘れてゐる昔の金掘うたです。四日か五日、鑛山に五十年勤めてゐると言ふおぢいさんに來て貰つて稽古しました。
 別れの踊ではあまり長く踊りぬいたのであとで目まひがしました。
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泣きつらをごまかさむとて四十人一ときあまり共に踊れり
踊りうる原田なにとて輪に入らぬ泣きつらなせそわかるるきはに
輪に入りて踊らでひとり泣くもののある故足の亂るるにこそ
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 全く狂亂の體で踊りました。
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輪に入りて少しわすれし悲しさのをどり疲れにまた襲ひ來る
大佐渡も小佐渡もかつて文三のおけさをどりしことを忘るな
文三におけさをどりを教へたる佐渡はかなしきわがいもにして
おけさはや一人をどらじひとりして踊れば君の來てをどる故
おけさをどりひようげしをどり踊れども強情におはすわが思かな
おけさをどり君がつたへしものなれば人に傳ふることを難んず
君はただおけ
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