大騷ぎの事に御座候半、想像仕に尚|餘《あまり》有る事に御座候。御祖母樣如何|計《ばかり》之御驚嘆と、是|而已《のみ》|案勞《あんらう》仕候儀に御座候。京師邊にも一揆相起候由、いづれ天下之大亂近きに候半、可[#レ]恐世上罷成候事に御座候。當島におひても、若哉《もしや》異國船共參申候はゞ、君臣之節不[#二]相失[#一]處迄は相盡|賦《つもり》にて、政照|抔《など》至極之決心にて、外兩人義民|相募《あひつのり》、三人は必至に罷成居申候間、是等の事ども樂しみにて相暮居候事に御座候。書物讀み弟子二十人計に相成、至極の繁榮《はんえい》にて、鳥なき里《さと》の蝙蝠《かうもり》とやらにて、朝から晝迄は素讀《そどく》、夜は講釋|共《ども》仕而、學者之|鹽梅《あんばい》にて獨《ひとり》笑《をか》しく御座候。乍[#レ]然學問は獄中之御蔭にて上り申候、御一笑可[#レ]被[#二]成下[#一]候。手|拭《ぬぐひ》年頭之祝儀に段々|貰《もらひ》申候間、御祖母樣え[#「え」は底本では変体仮名「江」]進上仕候間、御笑納可[#レ]被[#二]成下[#一]候、此旨荒々御祝儀迄如[#レ]此御座候。恐惶謹言。
  正月二十日[#地から2字上げ]大島吉之助
 椎原與三次樣
 椎原權兵衞樣
[#ここから3字下げ、折り返して4字下げ]
(按)右は元治元年正月、沖永良部島より、鹿兒島なる叔父椎原兄弟に贈りたる新年賀状にして、椎原國雄所藏す。
[#ここで字下げ終わり]

     亡父の借金返濟

[#ここから4字下げ]
陛下供奉鹿兒島着の翌日・舊恩感謝・貳百金返辨
[#ここで字下げ終わり]
酷暑之砌御座候へ共、彌以御堅固可[#レ]被[#レ]成[#二]御座[#一]、珍重奉[#レ]存候。隨而小弟此節|供奉《ぐぶ》被[#二]仰付[#一]、昨日安著仕候間、乍[#レ]憚御放意可[#レ]被[#レ]下候。陳ば先年亡父拜借金いたし居、其後私共にも度々之災難に逢、一向御挨拶等も不[#レ]致其儘打過居候次第、何とも無[#二]申譯[#一]仕合、亡父に對しても不[#二]相|濟《すま》[#一]事に御座候處、御承知も被[#レ]下候半、昨年出京仕候處、不[#二]容易[#一]重職を蒙り、何とも恐入候次第に御座候。就而は過分《くわぶん》之重任を受候も、畢竟亡父御|懇《こん》情を以、莫大《ばくだい》之金子拜借を得、是が爲に多くの子供を生育いたし候故に而
前へ 次へ
全8ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
西郷 隆盛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング