の地位に至るべきなり。是を名づけて君子と云ふ。是非天地を證據にいたすべし。是を以て事物に向へば、隱すものなかるべきなり。司馬温公曰「我胸中人に向うて云はれざるものなし」と、この處に至つては、天地を證據といたすどころにてはこれなく、即ち天地と同體なるものなり。障礙《しやうがい》する慈悲は姑息にあらずや。嗚呼大丈夫姑息に陷るべけんや、何ぞ分別を待たんや。事の輕重難易を能く知らば、かたおちする氣づかひ更にあるべからず。
二 剛膽なる處を學ばんと欲せば、先づ英雄の爲す處の跡を觀察し、且つ事業を翫味し、必ず身を以て其事に處し、安心の地を得べし、然らざれば、只英雄の資のみあつて、爲す所を知らざれば、眞の英雄と云ふべからず。是故に英雄の其事に處する時、如何なる膽略かある、又我の事に處すところ、如何なる膽力ありと試較し、其及ばざるもの足らざる處を研究勵精すべし。思ひ設けざる事に當り、一點動搖せず、安然として其事を斷ずるところにおいて、平日やしなふ處の膽力を長ずべし、常に夢寐《むび》の間において我膽を探討すべきなり。夢は念ひの發動する處なれば、聖人も深く心を用るなり。周公の徳を慕ふ一念旦暮止まず、夢に發する程に厚からんことを希ふなるべし。夢寐の中、我の膽動搖せざれば、必|驚懼《きようく》の夢を發すべからず。是を以て試み且明むべし。
三 若し英雄を誤らん事を懼れ、古人の語を取り是を證す。
[#ここから2字下げ]
譎詐無[#(ク)][#レ]方。術略横出[#(ス)]。智者之能也。去[#(リテ)][#二]詭詐[#(ヲ)][#一]而示[#(スニ)][#レ]之[#(ニ)]以[#(テシ)][#二]大義[#(ヲ)][#一]。置[#(イテ)][#二]術略[#(ヲ)][#一]而臨[#(ムニ)][#レ]之[#(ニ)]以[#(テス)][#二]正兵[#(ヲ)][#一]。此[#(レ)]英雄之事。而智者之所[#レ]不[#(ル)][#レ]能[#(ハ)][#レ]爲[#(ス)]矣。[#ここから割り注]○陳龍川、諸葛孔明論の語[#ここで割り注終わり]
[#ここで字下げ終わり]
英雄の事業如[#レ]此、豈奇妙不思議のものならんや。學んで而して至らざるべけんや。
底本:「西郷南洲遺訓」岩波文庫、岩波書店
1939(昭和14)年2月2日第1刷発行
1985(昭和60)年2月20日第26刷発行
底本の親本:「南洲翁遺訓」三矢藤太郎
1890(明治23)年
初出:「南洲翁遺訓」三矢藤太郎
1890(明治23)年
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※「鑒の10かく目の「一」が「丶」」は「デザイン差」と見て「鑒」で入力しました。
※「「褒」の「保」に代えて「丑」」は「デザイン差」と見て「衰」で入力しました。
※「毋の真ん中の縦棒が下につきぬけたもの」は、「毋」の「デザイン差」とは見ず、外字注記しました。
入力:田中哲郎
校正:川山隆
2008年4月11日作成
2009年9月1日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
西郷 隆盛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング