其大體を申さば、入るを量りて出づるを制するの外更に他の術數無し。一歳の入るを以て百般の制限を定め、會計を總理する者身を以て制を守り、定制を超過せしむ可からず。否らずして時勢に制せられ、制限を慢にし、出るを見て入るを計りなば、民の膏血《かうけつ》を絞るの外有る間敷也。然らば假令事業は一旦進歩する如く見ゆる共、國力疲弊して濟救す可からず。
一五 常備の兵數も、亦會計の制限に由る、決して無限の虚勢を張る可からず。兵氣を鼓舞して精兵を仕立なば、兵數は寡くとも、折衝禦侮共に事缺ぐ間敷也。
一六 節義廉恥を失て、國を維持するの道決して有らず、西洋各國同然なり。上に立つ者下に臨で利を爭ひ義を忘るゝ時は、下皆な之に倣ひ、人心忽ち財利に趨り、卑吝の情日々長じ、節義廉恥の志操を失ひ、父子兄弟の間も錢財を爭ひ、相ひ讐視するに至る也。此の如く成り行かば、何を以て國家を維持す可きぞ。徳川氏は將士の猛き心を殺ぎて世を治めしか共、今は昔時戰國の猛士より猶一層猛き心を振ひ起さずば、萬國對峙は成る間敷也。普佛の戰、佛國三十萬の兵三ヶ月糧食有て降伏せしは、餘り算盤に精しき故なりとて笑はれき。
一七 正道を踏み國を以て斃るゝの精神無くば、外國交際は全かる可からず。彼の強大に畏縮し、圓滑を主として、曲げて彼の意に順從する時は、輕侮を招き、好親却て破れ、終に彼の制を受るに至らん。
一八 談國事に及びし時、慨然として申されけるは、國の凌辱《りようじよく》せらるゝに當りては、縱令國を以て斃るゝ共、正道を踐み、義を盡すは政府の本務也。然るに平日金穀理財の事を議するを聞けば、如何なる英雄豪傑かと見ゆれ共、血の出る事に臨めば、頭を一處に集め、唯目前の苟安《こうあん》を謀るのみ、戰の一字を恐れ、政府の本務を墜しなば、商法支配所と申すものにて更に政府には非ざる也。
一九 古より君臣共に己れを足れりとする世に、治功の上りたるはあらず。自分を足れりとせざるより、下々の言も聽き入るゝもの也。己れを足れりとすれば、人己れの非を言へば忽ち怒るゆゑ、賢人君子は之を助けぬなり。
二〇 何程制度方法を論ずる共、其人に非ざれば行はれ難し。人有て後方法の行はるゝものなれば、人は第一の寶にして、己れ其人に成るの心懸け肝要なり。
二一 道は天地自然の道なるゆゑ、講學の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己を以て終始せよ。己れに克つの極功《きよ
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