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(按)右は文久二年冬、沖永良部島牢居中、孟子の一節を講じて島人操坦勁に與へたるものにて、今尚ほ同家に藏す。
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     一家親睦の箴《いましめ》

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翁、遠島中、常に村童を集め、讀書を教へ、或は問を設けて訓育する所あり。一日問をかけて曰ふ、「汝等一家|睦《むつ》まじく暮らす方法は如何にせば宜しと思ふか」と。群童|對《こた》へに苦しむ。其中尤も年|長《た》けたる者に操《みさを》坦勁と云ふものあり。年十六なりき。進んで答ふらく、「其の方法は五倫五常の道を守るに在ります」と。翁は頭を振《ふ》つて曰ふ、否々《いな/\》、そは金看板《きんかんばん》なり、表面《うはべ》の飾《かざ》りに過ぎずと。因つて、左の訓言を綴《つゞ》りて與へられたりと。
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此の説き樣は、只|當《あた》り前の看板のみにて、今日の用に益なく、怠惰《たいだ》に落ち易し。早速《さつそく》手を下すには、慾《よく》を離るゝ處第一なり。一つの美味あれば、一家擧げて共にし、衣服を製《つく》るにも、必ず善きものは年長者に讓《ゆづ》り、自分勝手《じぶんがつて》を構《かま》へず、互に誠を盡すべし。只|慾《よく》の一字より、親戚の親《したしみ》も離るゝものなれば、根據《こんきよ》する處を絶《た》つが專《せん》要なり。さすれば慈愛自然に離れぬなり。

     書物の蠧《むし》と活學問《くわつがくもん》

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明治二年、翁は青年五人を選び、京都の陽明學者|春日潜庵《かすがせんあん》の門に遊學せしむ。五人とは伊瀬知《いせぢ》好成([#ここから割り注]後の陸軍中將[#ここで割り注終わり])、吉田清一([#ここから割り注]同上[#ここで割り注終わり])、西郷小兵衞([#ここから割り注]翁の弟[#ここで割り注終わり])、和田正苗、安藤直五郎なり。其時翁は吉田に告げて曰ふ。
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貴樣《きさま》等は書物の蠧《むし》に成つてはならぬぞ。春日《かすが》は至つて直《ちよく》な人で、從つて平生も嚴《げん》な人である。貴樣等修業に丁度《ちやうど》宜しい。
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と、又伊瀬知に告げて曰ふ。
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此からは、武術|許《ばか》りでは行けぬ、學問が
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