居るのである、換言すれば自然法に遵從して以て自然法を利用することを得るやうになつた迄のことである、それゆへ毫末も自然法の束縛を脱して自由に所思を遂げる抔いふことではないのである、其他凡て精神上の事に至ても全く同一樣であつて到底微塵も自由意思のあるべきものではない、果して微塵も自由意思のない以上は又微塵も自我なるもののあるべき筈はない、唯知識に於て他動物に超越しただけのことである、それゆへ矢張唯絶對的自然力の奴隷であると認めねばならぬのである。
 評者又曰ところが博士も亦自我は至て小なるものであつて多くは矢張宇宙の趨勢に制せられて居ると述べて偖そこに不可解の點があるとせられるのであるが是れが博士も亦大に自然力の大なる所以を悟られてあるのである、而して其不可解の點は到底個人の地位からは※[#「二点しんにょう+向」、第3水準1−92−55]に超絶して居る問題とせられるのであるが、それは蓋し彼の宇宙の靜的實在なる神變不可思議的大心靈に歸せられるのであらうけれども余輩は決して左樣なことで滿足することは出來ぬ、余輩は出來得る限りは矢張科學的に研究せねばならぬことと信ずる、併し又それ歟と思ふと博士は
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