ては博士の考とは大に異なつて居る、博士は先づ宇宙に大活動があつて、それから欲動、嚮動、意思抔が出て來るやうに見られるのであるけれども余の論では宇宙本體たるマテリーとエネルギーとの合一體の最初の活動は猶小なるもので、之れが漸次進化發展して、嚮動、欲動、意思となつて來るのである、更に約述して見れば博士の論では大活動から小活動が出るのであるけれども余の所見では小活動が次第に大活動に進化して來るといふことになるのである、併し茲に一つ笑かしいことがある、博士はショッペンハウエル氏の説を取て宇宙の意思なるものを説かれたのであるのに圖式で見ると意思なるものは高等動物や人間に至て始めて生ずるもので其以前には無いやうにも思はれる、是れは抑如何なる譯であらう乎、甚だ解し難いのである。
 井上博士曰そこで右嚮動、欲動、意思抔いふものは宇宙の活動から出て來るものであつて此活動には必ず一定の方針がある、而して萬物が、それで律せられる人間も同樣である、然るに唯それのみに依て律せられ居るときには未だ個人の自我といふものがない、人間も單に自然界の一部をなして居るのみである、ところが個人の自我といふものの出來るのは唯意
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