夢の如く出現した彼
夢野久作氏を悼む
青柳喜兵衛
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)そん処《ジョ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)しま[#「しま」に傍点]
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燃え上った十年、作家生活の火華は火華を産ンで、花火線香の最後に落ちる玉となって消えた夢野久作、その火華は、今十巻の全集となって、世に出ようとしている。
久作さんを知ったのは何時の頃からかは、はっきりしない。何でも幼い頃からで、産れながらに知っていたような気もする。
「夢野久作ってのが、頻りに探偵小説の様なもの――事実探偵小説の様なものであって、そん処《ジョ》そこらにある様な、単なる探偵小説とは、およそその類をことにしているのである。久作さんは、何んでも、彼でも、探偵小説にせずにはおかないと云った、熱と、力量は自分乍らも相当自身があっただけに、探偵小説なるものを芸術的に、文学的に、グウとレベルを引上げたのである。つまり、何処から見ても立派な芸術的文学とまで発展させていたのであるから、これまでの探偵小説に馴されていた者には、実に探偵小説の様なものであったのである――を書いている奴があるが、あらァ誰かいネ。古い博多の事ばよう知ッとるし、なかなか好い、博多のモンとありゃ、一体誰じゃろうかい」等と、次兵衛《イトコ》達や、田舎芸術家達の間に、サンザン首をひねらしたものである。
それから半歳も過ぎた頃、筆者はたまたま郷里博多へ帰っていた。旅行好きの次兵衛がひょっこり旅から帰って来て、「おい、夢野久作って解ったよ。あらぁ杉山の直樹さんたい」とは、久々の挨拶もそっちのけの言葉であった。と云うわけはこうである。
生活に追い立てられて旅に出た次兵衛が、纔《わずか》に温まった懐をおさえて、九州の青年の多くが、その青雲を志し成功を夢みて、奔流する水道を、白波たつ波頭を蹴散らし蹴散らし、いささかのセンチを目に浮べて、悲喜交々、闘志を抱いて渡る関門の海峡を、逆に白波を追っていた連絡船の中で、夢野久作の正体を発見したのである。
「オオ、ジッちゃんじゃないか、此頃あたしゃ、こげえなこと、しよりますやなァ」と、額から鼻、鼻から頤まで暫くある、名代の顔に、恥い乍らも誇をひそめて、眼を細くし乍ら、長いことにおいては又久作さんと負けず劣らずの馬面で共に有名な、チョビ髭の尖った頤との一対の対面は世にも見事であったろう。その馬面に突きつけられた雑誌が、此れまでサンザ首をひねらせた新青年の夢野久作ものするところの、あの古博多の川端――筆者の産れた――あたりと櫛田神社《オクシダサマ》の絵馬堂を織り込ンだ『押絵の奇蹟』だったのである。
久作さんはかくして名探偵作家として突然にも、夢の如く現れて来たのであった。
筆者がまだ郷里の商業学校の生徒であった頃、最近も穿いておられたのを見るとよ程好きであったらしい灰色のコールテンズボンに違った上着で、相撲の強かった大男のKさんと、奥さんもたまには来られた様であったが、香椎《かしい》の山奥で作ったと云う水密桃だの梨だの葡萄だのを市場――筆者の父は青物果実問屋の親爺であった――へ持って来られていたのをよく知っている。その頃久作さんは農民であった。而も露西亜好きの農民の様であった。あの杉山さんが夢野久作であったのかと思えば夢の様でもあり、ない様でもある。
それから間もなく、ルパシカに長靴、馬上ゆたかにと云うのかどうかしらないが威風堂々とゆられつつ、謡いつつの奇妙な新聞社通いが始った様であった。
農民時代から文字通り理想的な晴耕雨読か、それとも晴読雨書なのか、姿こそ農民であっても、一たん彼氏の部屋には入れば、萬巻の書に足の踏場もなかったとは次兵衛がよく話していた。あの長篇快作『ドグラ・マグラ』も此の頃から書き始められたのではあるまいか。
久作さんは又非常な情熱家であった。かつて久作さんや次兵衛達によって短歌会が持たれていた頃、たまたま散策には少し寒いが晩秋の月のいい日に香椎の山で会が持たれて、一同は久作さんの山家で気勢を上げたそうである。飲む程に喋舌《しゃべ》る程に、熱を上げ、降りしきる虫の声も眠る頃に及ンでやっと三人かたまり五人集って、三里の道を博多へと帰り始めたとお思い下さい。勿論その時分乗りものが有ろう筈もない。
然るに湧き返る青年達の血潮は玄海灘から吹きつける肌寒い夜風位いには驚きません。歌論は歌論へ、秋月は歌心へ、帰り行く友を送ってそこらまでの心算《つもり》がやがて博多の街つづきである箱崎になんなんとする地蔵松原――二里余もつづく千代の松原の一部、ここには米一丸の墓があって、人魂が飛ぶと云われた淋しいあたり、鉄道自殺と云えば地蔵松原を連想する程で、久作さんの『宙を飛ぶパラソル』はこのあたりでの出
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