してしまうところでさえあった。でも、やっぱりそれもこれもただやみくもにうれしかった、同じく恋ある身ゆえに、だったのだろう。
 続いて場内を真っ暗に、辮髪《べんぱつ》の支那人姿となって現れ、その辮髪の先へ湯呑み茶碗の中へ蝋燭《ろうそく》を立てて灯を点したのを結びつけると、四丁目の合方おもしろく、縦横自在に振り回した。幻燈の花輪車《かりんしゃ》のよう辮髪の先の灯は、百千《ももち》に、千々《ちぢ》に、躍って、おどって、果てしなかった。まさにまさしくこれだけは逸品だった。二十人あまりのお客たちが言いあわせたように拍手をおくった。いよいよ私はうれしくなった、くどいようだが恋ある身ゆえに。
 でも、いつまで恋ある身ゆえにいつまで恋ある身ゆえにと喜んでばかりはいられないことが、たちまちそこへやってきた。はじめて浴びた満場(といっても二十人あまりだが)の拍手に気をよくした日本太郎はにっこりとすると、
「ではこれで仲入りとするが、あとは客席へ下りていって諸君の腕をへし[#「へし」に傍点]折り、たちまち元のごとくに直してごらんに入れる」
 こう言ってサッサと下りていってしまったのだった。いや、おどろいたね
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