《おそ》いか、ただ現在のところでは次郎吉はガチャ鉄親方恐しさのみで、セッセと働いているというだけのことだった。
 つまりもうひとついってみれば青い美しい水の中でこそとこしなえに生き永らうべき「自分」という動物を、無理から陸へ引っ張り上げて、ここを先途と働かせている現在だった。
 これはいつか――いつかとんでもないことになる、ならずにはいない。
 ああ俺、いまに鉄親方の手鉤をこの横ッ腹へぶち[#「ぶち」に傍点]込まれるかもしれない。
 つくづくその日が恐しかった。その日の景色をおもって次郎吉は、ひたすら自分の心臓を真っ青にしていた。

 さすがに手鉤はぶち込まれなかったが、憂えていた日は思いのほか早くやってきた。心に染まない仕事ばかり、朝に晩に何ヶ月というもの精魂を傾けていたせいか、次郎吉の胸の中にはいつしかラムネの玉のようなしこり[#「しこり」に傍点]ができはじめた。そうして一日一日と膨らんでいった。やがてそれが身体全体くらいの大きさにといえば話が嘘になる、宝珠の玉くらいの大きさになって心をグイグイ締め付けてきたのだった。お月見の前の晩あたりからわけの分らない熱がではじめて、ドッと次郎
前へ 次へ
全268ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング