べてを。棄てよう、すべてを。
いままでの一切の華美華美《けばけば》しかった自分の表飾りを、残らずかなぐり棄ててしまおう、芸も、暮らし向きも、扮《こしら》えも――ただひとつ小糸をいとしみ、いつくしむことだけは、天地の神々にお許しいただいて。
もうおかげで太神楽《だいかぐら》然としたあの装《なり》にも堪能して、さまでの未練はなくなってきてしまっている。
そして、扇だ、一本の扇だ、舌三寸だ、ただそれだけの正直な武器《えもの》で、正直な生活のドまん中から立ち直ろう、立ち上がろう、あくまで活き活きと進軍していこう。
扇一本で噺の名人の域に達して如実に見せるもののあいろ[#「もののあいろ」に傍点]はさぞや辛かろう。舌三寸で人情情景さながらに描き尽すに至る迄は、まだまだまだ今までの何十何百倍もの苦労が要るだろう。
いい、でも、いい。
あえて、あえて、歯をくいしばり、唇を噛み、両の拳握りしめて、それを押しつづけていったなら、この若者不憫と必ずや神々にも照覧あって、明日の世の中がどう変ろうと、一時は塗炭《とたん》の苦しみに遭おうと、やがてはまた再びしゃーいしゃーいと下足番の声なつかしき大入り
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