、あのほれこの間師匠がここの家へ引越してきて間もなく小言をいったらフイといなくなっちまったろう、あン畜生、小勇」
「うん」
 圓朝は肯いた。それは萬朝のいう通りだった。目に見えて陰日向《かげひなた》がひどくなったから越してきた日に初めてミッチリと油を絞ってやったら、不貞腐れてすぐその晩のうち、小勇は飛びだしていってしまったのだった。でもその小勇がどうしたというのだろう。
「ト、とんでもねえ野郎だ、いっちまったらしいんだあの野郎」
「だからどこへさ」
 また訊ねた。
「あすこ」
 無恰好な指を差して萬朝は、
「あすこだよホラ」
「あすこじゃ分らない」
「分るよ師匠、ホレ、ホラ、あの……おもいだしてくんねえよ」
「呆れたお人だ」
 いよいよ呆れてしまって、
「分るものかね私にそんなこと、どこだよ一体」
「りゅう、りゅう、りゅうしさん――」
 やっと思いだしたように萬朝、いった。
「エ、りゅうしさん、りゅうしさんてえと」
 圓朝は腑に落ちない顔をした。
「ホ、ホレ柳枝。春風亭柳枝師匠だよ。うそにもあの野郎、三遊の飯を食ってやがって敵方の柳派のおん大将ンとこへ入っちまいやがるなんて、太え、太え
前へ 次へ
全268ページ中162ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング