者に討たれてやったというそのころあった実話の上には、いまの師匠圓生と自分との上に見る恩愛相克の傷ましさをマザマザと感じさせられ、そこに他人事ならぬ自分の人生というものをみいださずにはいられなかった。また先妻が死に、その妹を嫁に迎えたら、婚礼当夜ポックリと死なれ、不忍の池近くへ庵を構えた男が夜な夜な二人の亡魂に苦しめられるという、これもそのころあった実話の主人公は北川町の飯島喜左衛門とて圓朝贔屓の大きな玄米《くろごめ》問屋さんだった。
北川町一帯が住居で、周囲の掘割の中に藻の三尺も生えた大簑亀がいたり、巨万の富が蔵に入れられてあって誰かがひと足でも土蔵へ踏み込むと仕掛でガタガタ鳴りだすようになっていたりした。何より圓朝はそうした御大家の風物詩に心を魅かれ、創作慾をそそられた。お露の名はまさしくそこの先妻の名前だった。飯島の名前は採って以而《もってして》、牛込の旗本のほうの名前にした。その上に支那の「剪燈新話《せんとうしんわ》」の中の牡丹燈記や、それに材を得た浅井了意の『伽婢子《おとぎぼうこ》』や山東京伝の『浮牡丹全伝』をたよりに、よろしく膨大の譚を夢中で書き上げてしまったのだった。が、結果は何よりあのお露お米がカランコロンの下駄の音物凄き怪談噺が、およそ江戸中の評判になってしまって、若き圓朝の名は圧倒的に盛り上がってきた。
この「牡丹燈籠」の腹案を練っている最中圓朝は、かねて贔屓の新吉原金太郎武蔵の主人に連れられて成田詣りにでかけ、そのとき圓朝は護摩料を入れた細長い桐の箱をかついで供をしたのだったが、道中あまりにも構想に全魂を傾け過ぎていたため、三べんも宿場|立場《たてば》の茶屋茶屋へこの大切な桐の箱を置き忘れた。そういう挿話ものこされているのであるが、それはここでは詳しく説くまい。往昔《むかし》の戯作者の口吻《くちぶり》になぞらえ、「管々《くだくだ》しければ略す」とでもいわせて置いてもらおうか。
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第五話 五彩糸
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一
「牡丹燈籠」はもて囃された、ほんとうに。道行く子供たちがカランコロン萩原さんお化けーッと奇妙な手真似をして遊ぶほど、満都に評判が高まってきた。
「おみよ新助」や「累双紙」もいよいよ磨きがかかってきた。初演当時のただ目新しいだけとは事変り、手振り身振り鮮やかに、運びおもしろく、鮮やかに「芸」としても尾鰭というものがついてきていた。
二十三、二十四、二十五歳と真打席のない月はほとんどなかった。
弟子たちも目に見えて増えてきて、もう十人ちかい屈強の男たちが絶えず代地の家に寝泊りしていた。いくら物価《ものなり》の安かったそのころでも、働き盛りの若い者をこうたくさん置いていてはたまらない。かてて加えて人気の昇るに従ってつきあいは日一日と派手にしなければならない。反対にお台所のほうは日一日と苦しくなってゆくことが仕方なかった。四方八方、借金だらけ。それをひとつ返してはまた二つ借りるという風に、苦肉の策をめぐらしつづけていった。
「苦しいだろうお前借りにきなよ」
いつもこういいだしては快くお金を貸してくれたのは文楽師匠だった。
「いいよいいよ返さなくても、それよりときどき俺が座敷を頼んでそのお銭《あし》で引いていくから、そのほうが返しいいだろうお前だって」
さらにこんな分ったことさえもいって、絶えずなにがしかを融通してくれた。どんなにどんなに助かったことだろう、それが。かつて師匠圓生のいる四谷のほうへ足向けては寝ないと誓った圓朝は、文楽師匠住む中橋のほうへもまた足を向けては寝られないこととなってしまった。
そうした苦しい真っ最中に、老衰で父の圓太郎が、枯木の倒れるようになくなった。つづいて兄の玄正がなくなった。これは僧位進んで小石川極楽水の是照院へ転住した。永年の思いがかなってひと安心したことが発病させたらしく、患いついてすぐ代地の家へ引き取ると、充分の手当をしたのだけれど圓朝二十四歳の秋、とうとう命数尽きて帰天してしまった。晩年にはもう心から圓朝の出世を喜んでいただけ、どんなにか悲しまないではいられなかった。
父のといい、兄のといい、いまの身分以上の弔いをだしたので、いよいよお勝手元は苦しくなった。
年の瀬がきた。
去年の倍も弟子たちの増えていることはうれしかったが、それだけにこの暮れの餅代もまた倍。弟子は倍でも収入はまだ倍までにはかなっていず、ほんの少うし増えているばかりだった。すっかりその弟子たちに心づけをしてしまったあと、自分の家の春の仕度万端をすますと、大晦日にはお恥しいが圓朝、印袢纏一枚「何もかもあるだけ質に置炬燵、かかろうひまのふとんだになし」落語の「狂歌家主」をそっくり地でいく境涯
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