わず滅多やたらにそいつをぶち込んだ。何条もって耐るべき大切の商売物、肉は崩れ、骨は飛び、一瞬にしてめちゃめちゃになってしまうのだったが、こうでもしなけりゃ俺夜っぴて寝られねえものと平気で空嘯《そらぶ》いていた。
それほどの乱暴な男だったから、二十代の血気盛りの奉公人たちがみんな訳もなくチリチリしていた。そこへ次郎吉は奉公にやられたのだった。選りに選ってここなら大丈夫と、内々、母親が主人の気ッ風を探っておいてよこしたのだろう、さすがに次郎吉も今度ばかりは大人しく辛抱した。いや、せざるを得なかった。目のあたり見るガチャ鉄の蛮勇には歯が立たず、強そうな朋輩たちがでろれん[#「でろれん」に傍点]祭文のような鍛えた塩辛声でガチャ鉄から頭ごなしに怒鳴り付けられているのを見ると、いっぺんでピリピリふるえ上がってしまったのだった。
……今度ばかりは寄席のことなどおもいだしている暇など許されなかった。黙々と、身を粉にして働いた。ひたすらにただひたすらに牛馬のように働いているよりなかった、朝早《あさはや》の買出しの手伝いに、店の細々《こまごま》とした出入りに。
ひと月……ふた月……いつか祭月がきのうと過ぎ、暦の上の秋が立った。遠く見える明神さまの大銀杏がそろそろ黄いろいものを見せはじめてきた。
「やっとお前さん、次郎吉今度は辛抱したようだよ、いいところへやった、やっぱり親方がやかましいからだねえ。どんなにか玄正も喜ぶだろう、きっと、きっとあの子、今度はものになるよ」
ある晩嬉しそうにおすみがこういって晩酌のお銚子を取り上げたが、
「ウム……ウム……」
接穂《つぎほ》なく肯いているばかりの圓太郎だった。口へ運ぶ盃のお酒が苦そうだった。で、一、二杯、口にふくんですぐ下へ置いてしまった。柄にもなく神妙な顔をして寂しくはしごの下の早い※[#「虫+車」、第3水準1−91−55]《こおろぎ》に聴き入っていた。
……では今度こそ次郎吉は辛抱したのだろうか、母親の喜ぶように。
否――否――どういたしまして――。
親方恐しさの、ただジーッと辛抱しているより他に手がなくて、不本意ながら住み付いていたばかりなのだ。そのほかの何がどうあるものだろう。
日ごろ人情噺や講釈で聴いている侠気《いなせ》な江戸っ子の肴屋気質は随分嬉しいものとして、イザ現実にこういう人にぶつかってみるとやっぱり生粋の
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