いの汗をしきりにこぼれ松葉の手拭で拭きながら、薄暗い山城屋の店先へ腰を下ろした、心の中ではヤレヤレ野郎また何か仕出かしやがったなと店先にちょこなん[#「ちょこなん」に傍点]とかしこまっている次郎吉のほうをチラチラ情なく見やりながら。
「見ておくれ、これ」
苦り切って糸瓜《へちま》ほど長い黒い顔をした大番頭さんが、金箱のへり[#「へり」に傍点]へ手を掛け少し傾けるようにして中を見せた。
表の反射で薄明るい金箱の中にはいくつもいくつも何か字の書いてある黒く汚れた紙包みが押し合い、へし合っていた。
「な、何でござんしょう、それ」
解《げ》せないもののように圓太郎は丸々とした頸を傾《かし》げた。
「お前さん方《がた》のほうのお給金、ワリ[#「ワリ」に傍点]とか何とかいうんだそうだね、その給金《わり》なのだこれ[#「これ」に傍点]、この人がこしらえた……」
「ゲッ」
急にサーッと圓太郎顔いろを変えたかとおもうと、
「ト、とんでもねえ。……じゃじゃ番頭《ばんつ》さん、コ、この餓鬼ァお店のお宝を給金にして、ダ、誰かあっしどもの仲間にでも運んでやってたんで」
いいながらツツーと猿臂《えんぴ》を伸ばしてちぢかまっている次郎吉の首根っ子をあわや掴まえようとした。
「ま、待った、師匠」
あわてて番頭、遮ると、
「待って……まあ待ってったら圓太郎さん」
「う、うっちゃっといておくんなせえ、いいえこんな……こんな盗人《ぬすっと》野郎。そ、そこの不忍の池へ叩ッ込んで、む、貉《むじな》の餌食にでもしてやらなきゃ」
「いい加減におし圓太郎さんてば」
今度はあやうくふきだしそうにさえなりながら番頭、
「人《しと》……。不忍の池の中に貉がいるかえ」
「ア、違《ちげ》えねえ、狸だ」
「狸もいないよ水ン中にゃ」
「じゃ何でしょう」
「私に訊く奴がありますかえ」
呆れ返って、
「いおうならお前さんそれも獺《かわうそ》だろう」
「ウ、それだ、ソ、その獺の餌食にしなけりゃ、こ、この私《あっし》の……胸が、胸が……」
またもや次郎吉のほうへのしかかっていこうとする腕へ、ぶら下がるようにつかまって、
「いやだてばそう早合点をしちまっちゃ、お前さん。いいえ……いいえさ、何もそんな大それた、この子がお店のお銭《あし》へ手をかけたっていうのじゃない」
「だ、だって現に……現にこの通り番頭《ばんつ》さん」
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