まうだろうがよ。とにかくひと口にケリをつけちまうなら、つまりそういうことになるってものは、つまりそれだけお前の芸の身体が大きくなってきたってことに他ならねえんだ。だから昔師匠のこしれえてくれた器《うつわ》じゃ、お前ってものはもうハミだすようになっちまったんだ。だから拠所《よんどころ》なく他《ほか》の器へ入る。それがまた師匠にゃ無体《むてい》癪に障るとこういうわけなんだ。だからくどくもいう通り、生涯、喧嘩のしっ放しじゃいけねえが、出世を目の前に控えての喧嘩って奴ァ、じつは師弟の間じゃ御定法なんだ。いわばひと歩《あし》出世が近付いたと喜んでもいいくらいのもの……」
「ま、まさか」
「いやほんとだよ圓朝さん。あのほれ、死んだ小勝さんなあ、あの人なんぞお前の大師匠の初代の圓生師匠の弟子だがやっぱり売りだす時分にゃ師匠と大喧嘩してよ。それもこいつはまた乱暴な話だ。朋輩のお弟子さんたち五、六人と束になって、師匠、お前さんの噺し口はもう古くなったから、私たちァ我流でいきます暇を下さいって、弟子のほうから師匠を破門の談判にいった。お前の大師匠は名代の大人しい人だったが、怒るよこりゃ。それでも根が大人しい人だから、その弟子たちにはウムウムとわかってやっていたが腹ン中は煮え繰り返るようだったんだろう、そこへしらずに師匠の小さい娘さんが何か貰いにいったら、馬鹿ァといきなり焼火箸を叩き付けた」
「…………」
「さてそれほどの事をしてでていっちまった小勝さんたちがだよ、さてすっかり売り出してしまったとなったら、どっちからともなく歩み寄ってきてサ、初代の死ぬときなんざ、お前の師匠よりもかえって小勝さんのほうがよく面倒をみただろう。初代もまた心から喜んで小勝や小勝やってその介抱を受けて死んでいきなすった」
「なあるほど」
いよいよ圓朝に分ってきた、文楽師匠のいおうとするところが。
「おっとまだあるんだ圓朝さん、大事な話が」
明るく笑って、
「うち[#「うち」に傍点]の師匠、先代文楽だ、お前さんは知るめえが本芝にいて、大阪で文治さんの聟になってその四代目を襲いでよ、それから江戸へかえってきて楽翁になったり、大和大椽になったりした人だったが、巧かったね全く。江戸噺と上方噺と使い分けのできるどうして素晴らしい名人だった。その、うちの師匠がだ、よくこういっていた。大ていの師匠は弟子が売れるのを望んで
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