たちと圓生|別懇《べっこん》の者は、だいたい何しろ二度三度とこのもてなしに与かってしまったものだから、どう本人が半チクな芸だとて、圓太を襲がせないわけにはゆかなくなってしまったのだということだった。
「だから、だから師匠、誰も苦情をいわなかったんだって。でも大師匠はじめとんだだらしがねえや、あの野郎に酒と妓でいいようにされちまうなんてねえ」
忌々しそうにこういって、
「でも偉いねえ文楽お師匠さんだけは。何べんあいつがさそいをかけてきてもいっぺんも御馳走になりに行きなさらなかったんだって」
とたんにガラリと格子が開いた。人の訪《おとな》う気配がした、すぐ飛んでいった萬朝が、
「ヤ、師匠、噂、噂、噂、噂をすれば噂だね、文楽お師匠《しょ》さんやってきたよ」
「な、何をいいやがるんだ噂をすれば噂だってやがら、ヤイ覚えとけ、噂をすれば影てんだよ」
元気のいい声で笑って文楽、
「どうせ俺の悪口でもいってたんだろ」
「冗、冗……ほめて」
「な……、嘘ウ……」
「ホ、ほんとだってば、ねえ師匠」
助け舟を呼ぶように萬朝うしろを向いたとき、
「オ、ようこそおいでで、サ、師匠どうぞ」
無理から湿った声を明るくして圓朝、イソイソと迎えた。
「家にいてくれてよかった、話があってやってきたんだ」
どこのかえりだろう刺子《さしっこ》姿で、いつもながらの頬の剃りあと青く、キビキビとした文楽は、ツツーと気軽に上がってきた。すぐ川の見える欄干《てすり》の傍へ胡座《あぐら》を掻いて、とおもったらまたすぐ立ち上がって、
「オイ行こう圓朝さん、つきあってくんねえな」
「何ですねえ師匠、いま入ってきなすったばっかりで」
「めしを食いたいんだいっしょに。橋向こうの小大橋《こたいきょう》までつきあってくんねえ。ネ、おい、いいだろう。上がらねえでさそうはずが萬朝の野郎があんな可笑しなことをいったもんで忘れてうかうか[#「うかうか」に傍点]と上がっちまったんだ。ね、おいすぐつきあってくんねえ」
「つきあいますよ。そりゃつきあいますけど、でもこのままじゃ」
両方の手で唐桟の袢纏の袖口を、鳶凧《とんびだこ》のようなかっこうに引っ張って見せた。
「いいじゃねえか扮《なり》なんぞそのままでも」
しずしずと白帆が滑っていく川の上を見渡しながら文楽はいった。
「というわけにもいきません、すぐ着替えます、その間くら
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