らが、話術は別として道具のほうはチャチ[#「チャチ」に傍点]なお寒いものだった。そこへいくと圓朝のは特別に新しい鳴物の工夫をいろいろ凝らしてきている上に、たとい幾ヶ月でも国芳の家の釜の飯を食べたことはここへきて初めてもの[#「もの」に傍点]をいった。圓朝えがく道具立は、そこらのびらや[#「びらや」に傍点]が描いたものと比べものにならないほどの精彩を放った。活きて迫ってくるものがあった。その点も特別の魅力として取り沙汰された。
 さてあとの二日は「累双紙」のほうを演った。
 これも大波小波を大道具大仕掛で迫真に見せたり、本雨を降らせたりした。これまたヤンヤヤンヤの喝采だった。
「師匠なぜこれを初晩に……」
 またしても下足番の爺やから、こう好意ある不足をいわれたほどだった。
 めでたく久保本十五日の初看板が、ここにおわった。
 グッタリとしてしまった圓朝だった。でもそれは言葉に尽せない、大いなる歓びに満ち満ちた疲れようだった。
 もういまはなんの心の澱《おり》もなく、ああ、師匠のお蔭で新しい道が拓けた。
 おもえばおもうほどありがたくてありがたくてならなかった師匠の上だった。
 久保本の興行がおわるとすぐあくる朝、また手土産を携えて圓朝は、師匠のところへ礼にいった。
「圓朝さん。いまうちの人、風邪気味で臥《ふせ》っていますからお目にかかれないそうです」
 少し老けたが相変らずつんと美しいお神さんがでてきて、術もなくいった。ピシャンと障子を閉めてそれっきり、また奥へ入っていってしまった。
 そのくせ奥では高らかな師匠の笑い声が聞こえていた。もう一人相槌打って笑い合っている声のたしかに聞き覚えありとはおもいながらも、どこの誰やら分らなかった。
 ……一瞬、消えてしまっていたはずの心の澱というやつが、またそろそろ頭をもたげだしてくることをどうすることもできなかった。

 その後何べんいっても師匠は会ってくれなかった。いつもお神さんがでてきては取り付く島もないくらい、留守だとか病気だとか呆気なく玄関で断られてしまった。しかもそのたんび、師匠の自宅にいることはハッキリと分った、あるときはまた気配で、あるときは誰か分らないけれど確かに聞き覚えのある声といっしょに師匠の声が大きく聞こえて。
「止そう、しばらく師匠を訪ねるのは……」
 こんなことを繰り返したのち、圓朝はこう決心してし
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