から冷汗の身体全体へ滲みだしてくることが仕方がなかった。
まあ仕方がない明日を聴いて貰おう。
僅かに自分で自分をこう慰め人に顔を見られるのもいや[#「いや」に傍点]な思いでスゴスゴ圓朝は楽屋へ下りてきた。
翌晩がきた。
何たるこったろう、今夜もまた、師匠は圓朝が演るはずの「繋馬雪陣立《つなぎうまゆきのずんだて》」をそっくり演っていってしまった。――拠所《よんどころ》なく雪の道具だけに講釈で聴いて覚えていた「鉢の木」をいい加減にでっち[#「でっち」に傍点]上げて、どうやらこうやらお茶を濁した。
さすがに、初晩のでたらめの話ほどではなかったけれど、やっぱりいい出来とはいえなかった。
三日目。
やっぱり師匠は、圓朝の演る「芝居風呂」をさっさ[#「さっさ」に傍点]と演っていってしまった。その銭湯の道具立てを活かすため、今夜はこれも講釈や文楽師匠の人情噺で聞き覚えの祐天吉松が下谷幡随院の僧となって、坊主頭で朝湯へやってきて鼻唄を歌うくだりを演った。
どうにかこれは型がついた、口馴れない割合にはという程度だったけれど。
四日目も「駒長」を先へ喋られてしまった。五日目も「小雀長吉」を先くぐりされてしまったこともちろんだった。そのたんびたんび熱鉄を飲み下す思いをして圓朝は、突嗟に何かその道具立てに因みある噺を考えださなければならなかった。
いってみれば毎晩ひとつずつ即席の難題を突き付けられているような何ともかとも名状しがたい辛さ、苦しさ。
どうやらその晩お茶が濁せて打ちだすたんび、ゲソッと圓朝は自分の頬の落ちていることを感じた。
「……ひどい……ひどいなあ師匠、どれほどの私に怨みがあって」
いくら何でも師匠の仕打。もうもうろくとのみは考えられなかった。ついこう呟かずにはいられなかった。
でも――でも、なろうことなら圓朝、大恩ある師匠の上をこれッぱかしでも怨みたくはなかった。そっと何とか自分の胸を撫で摩《さす》って、怨めしさを塗り潰して置きたかった。
そう、そうだ、師匠はこの私を励ましてやろうと、それでワザとああした真似をおしなさるんだ。
そう、そう、それそれ、それにちがいない。やっとそういう考え方に思い至って一瞬、怨めしさは影を秘め、心に真如の月澄まんとしたが、
「……だが……だが……」
もったいないが澄みかけた天水桶のその水は、すぐまたそばから濁
前へ
次へ
全134ページ中90ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング