れっぱく》の気合とともに、ピシーリ。圓生の手の白い碁石が小圓太のほうへ投げつけられていた。危うく碁石は耳許を掠《かす》って後へ落ちた。
「……その何でございます、とかくお噺というものは」
少しまごまごしてこんな意味のないことを喋ってしまったのち、
「なるがだけ我々同様というエー」
ピシーリ――ア、いけないまたいっちまった。
「いえその愚かしいエーエー」
ピシリピシーリ。――いけない二つだ。
「エー者が」
ピシーリ。――まただよ、どうも。
あわてるとついかえっていってしまう「エー」なのだった。
「その、あらわれて参りませんとお噺になりませんようで、八さん熊さんというこれが我々のほうの大達者《おおだてもの》でございまして、いったいどこに住んでいる人たちですかかいくれ[#「かいくれ」に傍点]分らないのでございますが、よく現れて参ります」
めずらしく今度は「エー」をいわなかった。――どうだイ、エヘどんなもんだい。
「エーその」
ピシーリ――。ア、いけない、ちょいと安心したらまたすぐいっちまったい。
「これが横丁の凸ぼこ隠居のところへ参りますとエーお噺らしい」
ピシーリ。
「ことにエーエー」
ピシ、ピシーリ。
「なりますようで、隠居『エーどうしたい熊さん』」
ピシーリ。
「熊『エーごめん下さいエー、そのエー』」
ピシピシピシーリ。
……仕様がない、こう「エー」ばかりじゃ。しどろもどろの大汗でやっと噺のすんだあと、
「ごらんよ周りを」
師匠にいわれて振り返ったら、白黒碁石が雨とみだれてそのドまん中にかしこまっている自分の姿は、その昔国芳師匠が酔い書きにした碁盤忠信召捕の武者絵もかくやの体落《ていたらく》だった。
「……」
さすがにてれて小圓太はしばらく悧巧そうな目を無駄にパチパチ動かしていた。
「てれることはないだろう、それだけお前さんエーをおいいだったんだ」
「マ、まさか」
「まさか[#「まさか」に傍点]じゃない、ほんとうだよ、マ、いくついったか勘定しておみ」
急いで碁石を拾い集めた。そうしてあらためて数えてみた。たら、六十三――!
「うへッ」
完全にダーッとなってしまった。
あくる日からめっきり小圓太の「エー」は少なくなり、五日十日と経つうちには必要のところ以外では決してオクビにもださないようになってしまった。
お湯とお茶の飲み分け方。
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