昇進してしまいました。これがますます、私のためにはいけないいけないことだったんです。
そのうえ、さらにいけないことには燕花となってすぐ阿部川町《あべかわちょう》の寄席と吉原の中鈴木《なかすずき》という寄席と二軒掛け持ちがついたのですが、この阿部川の楽屋には燕作という前座がいてお客さまのお集まりの前に一番太鼓を入れる。この打ち方がてんで[#「てんで」に傍点]なっていないし、第一、間がちがっているので気になってなってならないでいるうち、二番太鼓の大太鼓《おおど》のほうを二つ目の私が打つことになったのですが、このときに私の打った大太鼓がたいそう本筋だと席亭からほめられて、そのために今度は二つ目でなく、なんと三つ目へ上げてもらえるようなことになってしまいました。これも最前の田舎まわりの話同様、馬鹿でもチョンでも私は永年緞帳芝居へ入っていたから太鼓の打ち方も心得ていたのが当たり前なのですと話してしまったら席亭さんも買いかぶりはしなかったでしょうが、こんな具合で不思議にトントン拍子に運のいいことにばかりなってしまったから、結局はますますいけないのです。
もうひとつ、おまけにいけないことには、ある晩のこと、この阿部川町から吉原の寄席へ掛け持ちに行こうとすると、自分の前を手品の蝶之助がイボ打《うち》という太鼓を叩く男を連れて高声で私の噂をしながら行く。これが悪口でもあることか、燕花は落語家の太閤さまだ、いまに天下をとるだろうとか、ひと晩でできてしまったあれは富士山のようなやつだとか、そりゃあもうあなた、ほめてほめてほめちぎっていくのです。こうなると私もさあ[#「さあ」に傍点]うれしくって、根がそれ[#「それ」に傍点]そこがそそっかしやときているから、とたんにポーッとしちまって私は吉原の寄席へ行かなければならないのに、夢中で二人をソーッとつけていき、この二人の掛け持ち先の本所の中の郷の寄席までくっついていって、はじめてアッと気がつきました。あわてて吉原の寄席まで駆け出して引き返していって、どうやらやっと間に合わせましたが、なにからなにまでこんなことがすべていけないことだらけだったんです。
だって考えてもごらんください。
本来ならば修業最中のいまだ若い身空《みそら》で常磐津になっても落語家になってもこう万事万端がいいずくしじゃ、外見《そとみ》はいかにもいいけれども、しょせん、永
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