のような火華をちらした。
麻の葉は薄暗の漂った部屋の中、圓朝の頭の上を低く高くちらばって、ふたたび火力が弱まり出すと、今度は光琳の蒔絵のような細やかな柳の葉をすいすいすいすい描き出した。
その一本が消え落ちる頃、如才なく圓遊はいっぽうの手の次の花火を点火していた。
花火は、またしても麻の葉をちらした。
「ああありがてえ。両国だ。川開きだ」
今昔の感に堪《た》えないように圓朝は初めてニッコリ笑った。
「いい花火だなあ。今のは五百両もするだろう。……あ、またあがった。星下りだ。おや、上り竜だ。菊に国旗だ。……あ、あ、あ、万八のうしろへ消えた……」
だんだん嬉しそうな表情になりながら、圓朝は、他愛もないことを言い出した。
「よっぽど、脳《これ》へきてるんだ」
「これが一代の三遊亭圓朝かと思えば……」
圓生と圓楽は互いに顔を見合わせた。そして、そのままうなだれた。すすり泣きの声が誰からともなく洩れてきた。やがてみんながみんな、音に立てて泣き出していた。花火片手の圓遊までが。
が――が、この憂い、この嘆き、この悲しみ、すべて事情をなにもしらない弟子たちの手前勘にすぎなかった。ああ、圓朝にしてみれば、四十年前のあの両国の夜の自分の姿が、いままたまざまざと眼前に浮かんできたのだ。誰に気兼ねも屈託もなかった一生涯でいちばん愉しかった恋と人気の若き日が、線香花火の麻の葉のなかに、いまハッキリと蘇ってきたのだ。あののち圓朝は「地位」を得た。「富」を得た。「禅学」を得た。その他、曰くなに。曰くなに。枚挙に暇ない数々さまざまの栄光を得た。しかも人生六十二年。いまこの断末魔の崖淵に佇って、あの二十六の花火の一夜に上越す歓びは、感激はなかった。いまズタズタに、めちゃめちゃに、蝕まれつくした最後の最後の頭のなかで、玉虫色の光に濡れて見えくる大歓喜の景色はすべて、あの夜のものばかりだった。
川が見えた、水が匂った、屋根舟が見えた、提灯の灯がしきりに揺れた、赤ら顔した柳枝が睨んだ、それがたちまちギャフンとまいった、「ざまア見やがれ!」スーッと快く血が身内を走った、うれしそうにお絲が寄り添ってきた、鬢《びん》の匂いが鼻を掠めた、そうして猩々緋の花火が砕けた。
うれしかった、愉しかった、心から彼は喜ばしかった、からだ中がワクワクしてきた、枕もとに明滅する花火の光を見つめながら圓朝は、い
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