イ、圓太郎」
懐手《ふところで》をして立ったまんまの圓太郎を見て、今輔が声をかけた。
「ウム。そうしちゃアいられねぇンだ」
圓太郎は振り向きもしなかった。
「えれえ景気だな。掛け持ちがあるのか」
意地悪そうな目を、今輔が向けた。
「よしてくれ病づかせるのは。そんなンじゃアねえ。こちとら、貧乏の“棒”が次第に太くなり、振り廻されぬ年の暮れかなだ」
「じゃアちッともいい春でもなんでもないじゃアねえか」
今輔はいっそ馬鹿馬鹿しくなって、
「なら、なぜ、師匠ンとこへ小遣いをせびりにゆかねえンだ。稽古こそ日本一やかましいが、人一倍弟子思いの師匠だ。まして当時飛ぶ鳥落とす三遊亭圓朝師匠じゃアねえか。なにもクヨクヨしていることはあるめえ」
「ウウン。イヤだ」
圓太郎は首を振った。
「師匠からはもらいたくねえ」
「どうして」
「だって芸のことでウンと面倒を見てもらってるンだもの。このうえ、お銭《あし》のことまではいい出したくねえや」
「感心だなお前。いつどこでそんな了見を持ち合わせてきたンだ」
今輔はてには[#「てには」に傍点]の合わない顔をした。
「元からそうなンだよ俺《おいら》。こう見えたって橘家圓太郎は文明開化の落語家だからネ。人間万事独力独行さ。第一そのほうが成功したときに精神爽快を覚えるよ」
「オヤッこん畜生。黙って聞いてりゃアたいそう七面倒くせえことを言い出したゾ。精神爽快を覚えるよだっていやがら。てめえ、そんな難しい言葉、どこで覚えた……?」
「宝丹の広告で覚えたよ」
シャーシャーとした顔で圓太郎は、答えた。
「やられた。なるほど。守田宝丹たア気がつかなかった。なら圓太郎。さしあたりこの暮れに独力独行、精神爽快を覚える金儲けを教えてやろうか」
「そんなものアありゃしめえ」
「ところがあるンだ。お前がやりゃア必ず儲かる。たんとのことにもいくめえが、元日一日で三両か五両には確かになる」
「エ、三両か五両だって――」
にわかにペタペタと座る圓太郎、今輔の傍へいざり寄っていった。
「現金な野郎だな。金儲けだって言ったらすぐに座っちまやアがった。しかし圓太郎、お前、ほんとにやる気か」
「やる気だやる気だ、兄貴頼むから教えてくれ」
「じゃア元旦の朝、烏《からす》カーで飛び起きて、浅草の仲見世でもいい、両国の広小路でも、芝の久保町の原でもいい。なるたけ人の出盛りそうなところへ持ってって売るんだ」
「売るンだってなにを売るのさ」
「お精霊《しょろ》さまンときブラ下げる盆提灯があるだろう」
一段と声を低めて今輔は、
「あいつを売るンだ。元日の朝なら羽が生えたように売れてゆくぜ」
「フーム、そうかなア。だけど兄貴、俺よく知らないけど盆提灯ての暑い時分に吊るもンだろう」
「そうよ」
「ホラ、あの蓮の花の絵や萩の絵やそれから夕顔の絵のくッついてるお提灯だろう」
「そうよ」
「ハテあんなものが三両になるかなア。いったいどういうわけで暑い時分に売るものが今頃羽が生えて売れて……」
圓太郎はどうしても腑に落ちないらしい顔をした。
「わからねえヘチャムクレだなア。暑い時分のものを、元日に先を見越して売るから、ずんと儲かるンじゃアねえか」
いよいよ今輔は大真面目に、
「オイ考えてみや圓太郎。一年中でいちばんめでたいのは正月だ。その次が盆だ。世間でも中元大売出しってワイワイ騒ぐだろう。いいか。そのめでたい正月に盆提灯を売りに出るンだ。たいてい縁起を祝って買うだろうじゃねえか」
「ア、なるほど」
「たとえにも言うだろう。だから盆と正月が一緒にきたようだって。その盆と正月をいっしょくた[#「いっしょくた」に傍点]にしたものを売ろうてンだ。儲からねえわけがねえや。これが売れなきゃ東京は闇だ」
おかしさを耐えて彼は言った。
「わかったわかったよ。なるほど盆と正月か。そうだ、まったくその通りだ、ホ。こいつァ素晴らしい金儲けができそうだネ」
いつか、圓太郎はホクホク相好を崩していた。
「どうだ。いい思案だろう。その代わり圓太郎、儲かったら俺にパイ一飲ませなけりゃダメだゾ」
「あた[#「あた」に傍点]棒だよ。そのときァなんでも兄貴の言う通りのものをおごってやらア」
圓太郎はもうすッかり一陽来福の新玉《あらたま》の春がやってきたような明るい気分にさえ、なってきている。そのとき拍手の音が五つ六つ起こって、勝次郎が下りてきた。入れ違いに今輔が高座へ上がっていった。が、圓太郎は腕こまねいたまま、そのほうへ目もくれないでいた。目前に迫った金儲けのことを考えて、しきりと心が舌なめずりをしているのだった。
「お前さん、ネエお前さんてば」
歯切れのいい若い女の声が、耳もとでした。
ハッと圓太郎はわれに返った。色白の目鼻立ちの粗く美しいキリリとした女が、大太鼓の薄
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