なところへ持ってって売るんだ」
「売るンだってなにを売るのさ」
「お精霊《しょろ》さまンときブラ下げる盆提灯があるだろう」
 一段と声を低めて今輔は、
「あいつを売るンだ。元日の朝なら羽が生えたように売れてゆくぜ」
「フーム、そうかなア。だけど兄貴、俺よく知らないけど盆提灯ての暑い時分に吊るもンだろう」
「そうよ」
「ホラ、あの蓮の花の絵や萩の絵やそれから夕顔の絵のくッついてるお提灯だろう」
「そうよ」
「ハテあんなものが三両になるかなア。いったいどういうわけで暑い時分に売るものが今頃羽が生えて売れて……」
 圓太郎はどうしても腑に落ちないらしい顔をした。
「わからねえヘチャムクレだなア。暑い時分のものを、元日に先を見越して売るから、ずんと儲かるンじゃアねえか」
 いよいよ今輔は大真面目に、
「オイ考えてみや圓太郎。一年中でいちばんめでたいのは正月だ。その次が盆だ。世間でも中元大売出しってワイワイ騒ぐだろう。いいか。そのめでたい正月に盆提灯を売りに出るンだ。たいてい縁起を祝って買うだろうじゃねえか」
「ア、なるほど」
「たとえにも言うだろう。だから盆と正月が一緒にきたようだって。その盆と正月をいっしょくた[#「いっしょくた」に傍点]にしたものを売ろうてンだ。儲からねえわけがねえや。これが売れなきゃ東京は闇だ」
 おかしさを耐えて彼は言った。
「わかったわかったよ。なるほど盆と正月か。そうだ、まったくその通りだ、ホ。こいつァ素晴らしい金儲けができそうだネ」
 いつか、圓太郎はホクホク相好を崩していた。
「どうだ。いい思案だろう。その代わり圓太郎、儲かったら俺にパイ一飲ませなけりゃダメだゾ」
「あた[#「あた」に傍点]棒だよ。そのときァなんでも兄貴の言う通りのものをおごってやらア」
 圓太郎はもうすッかり一陽来福の新玉《あらたま》の春がやってきたような明るい気分にさえ、なってきている。そのとき拍手の音が五つ六つ起こって、勝次郎が下りてきた。入れ違いに今輔が高座へ上がっていった。が、圓太郎は腕こまねいたまま、そのほうへ目もくれないでいた。目前に迫った金儲けのことを考えて、しきりと心が舌なめずりをしているのだった。
「お前さん、ネエお前さんてば」
 歯切れのいい若い女の声が、耳もとでした。
 ハッと圓太郎はわれに返った。色白の目鼻立ちの粗く美しいキリリとした女が、大太鼓の薄
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