桝がありますか」
「だって師匠そう言ったでしょ昨日。一斗桝てのは一升桝の十倍だって」
「アア」
「だからあれから懇意なとこで一升桝をたくさん借りてきて、十ずつ縦横四隅へ並べてみてその寸法でこしらえたンですよ。だから間違いッこはありゃしません」
「あきれるねェ、お前にも」
圓朝は言った。
「違うンだよ。そりゃ一斗桝は一升桝の十倍に違いはないけれど、十倍てのは内側の正味のもの[#「もの」に傍点]を測るところの十倍だよ。それをお前は外側を十倍にしちまったからこんな馬鹿馬鹿しいものができてしまったんだよ」
「ア、そうか。中身の十倍か。そうと知ったらこんなに板を買うンじゃなかった。じゃア、まア師匠、手金を二十銭置いちまったからこれだけお返し申しましょう」
圓太郎はがま口の中から昨日の二十銭銀貨を四枚取り出した。
「いいンだよ、いいンだよ」
あわてて圓朝は押し返した。
「なにもやったお金を返してくれと言うンじゃないよ。取っておおき、取っておおき。それはお正月のお小遣いにあげたんだから」
「そうですか師匠、でもなんだか……」
「いいンだよ、しかし圓太郎。お前はよくよく大工は名人だねエ。昨日吊ってくれたあの棚ねエ、あれもすぐに落ちてしまったよ」
「アレ」
圓太郎は丸い目をさらに丸くした。
「それもいいけど、お八重が直したらすぐ吊れて、今度は落ちもなんともしないよ」
情けねえことになったもンだ。じゃ俺が吊った棚の後始末はお八重ちゃんがしたのかイ。アア、それであの子、俺に愛想をつかして、今朝は姿も見せないンだな。
「しかし師匠、あれが落ちるわけがねえンだがなア」
未練らしく圓太郎は言った。
「だって、お前、落ちたものはしょうがない。女のお八重に吊れるものが、男の、まして大工のお前さんに吊れないンだ」
圓朝は笑った。
「でもそんなそんな。そんなはずはほんとにないンだけれどなア」
なおもひとしきり小首を傾げて考えていたが、やがてのことにポンと手をうって、
「ア、わかった師匠。じゃアあなた、あッしの吊った棚へなにか載せやしませんか」
「オイオイ、いい加減におしよ馬鹿馬鹿しい。世のなかに載せない棚てのがあるもンかネ」
あきれ返って圓朝はもうなんにも言わなくなると、しばらく細い目をパチパチさせていたが、
「まア、そんな話はどうでもいい。ここに紋付が出ているから早くそれを着ておし
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