の間のほうへ声をかけて、そのまんま帰っていった。
「マー、餅屋は餅屋。さすがにうまいもンだわねエ」
初めて圓太郎から男一人前の仕事を見せてもらえたそのうれしさ。大きな擂鉢《すりばち》とげて[#「げて」に傍点]がかった丼を三つ四つ、急いで持って出てきた彼女は次々に棚へ載せてみた。と、その途端にだった。ガクンとひとつねじがゆるんだように棚がかしいで、ガラガラガタンと落ちてしまった。擂鉢以外の瀬戸物がみんな板の間でコナゴナに砕けて、あたり一面にちらばった。
アラッ。無惨な丼の破片やだらしなく落ッこちているまんまの棚板をあきれてジーッと見つめていたお八重は、やがてのことにソッと呟いた。
いよいよあの人、高座の他はなにをさせてもみんな駄目なンだわ。だからチャンとしッかりしたお神さんがついていてあげなきゃ、一生出世しないと思うわ。そのしッかりしたお神さんに私ならなってあげられるのにと考えて、お八重は思わずドキンとした。こんな自分の心のなかを、もしや誰かに覗かれてはしないだろうか。ソッと辺りを見廻してみたが、もちろん、誰のいるわけもなかった。
急いで落ちている棚を取り上げた。それからお釜の蓋の上に置かれてあった鉄槌を手にした。
トン。トン。トン。トン。さっき[#「さっき」に傍点]のところへ持ってゆき、両端へ釘を打ち込むと、難なく元通りに棚は吊られた。続いて擂鉢と別の丼を思い切って五つ六つ載せてみた。やっぱり棚は落ちようとせず、載せただけの瀬戸物がチャーンとして載せられていた。
「ウフッ」
さすがにお八重はおかしくなった。丼の破片を袂《たもと》を広げた上へ集めながら、クックッ彼女は笑い出した。
一斗桝とは――
トヽヽヽヽヽヽ、トン。
トヽヽヽヽヽヽ、トヽン。
その頃、圓太郎は新福富町の四畳半ひと間きりしかない自分の部屋で、豆絞りの手拭で鉢巻をし、片肌ぬぎで鉄槌を振りまわしていた。一升桝が七十四個、行儀よく前へ並べられていた。ひと口に七十四個というが、七十四個の一升桝はなかなかの壮観であり偉観だった。
一斗桝ってのは一升桝の十倍だ。
理屈ではそうとわかっていても、実地に並べてみないことにはトックリと肯けるものでない。そこで圓太郎は心やすい荒物屋へ行って借賃を払い、これだけ借りてきたのだった。
借りてきた一升桝を十個ずつ、ズラリと彼は四方へ並べてみた。
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