正介は「坊ちゃまそら敵だッ」と仏壇の陶器《せともの》の香炉を打ち付ける、灰が浪江の両眼に入る、ここぞと正介は「樫の木の心張棒で滅多打ちに腰の番《つがい》」を三つ四つ喰わした。「不思議やこの時まだ五歳の真与太郎でございますが、さながら後で誰かが手を持ち添えてくれますように、例の錆刀を持ちまして」浪江の横腹をひと抉り抉ったのである。
いまのいままで迎い火焚きながら物語っていたというところだけに、五つの真与太郎にしても錆刀で相手に斬り付けていくことが何だか自然におもわれるではないか。いわんや「後で誰かが手を持ち添えて」くれるようであるというにおいてや。
田舎家で天井が低く、浪江の刀が鴨居へ。そこへ仏壇[#「仏壇」に白丸傍点]の香炉をぶつけたというのもいかにも亡魂の指図らしく、そのあと樫の木の心張棒という、万事万端無理のない小道具や段取りがいかにこのひとつ間違ったらあり得べからざるとおもわせるような奇蹟をほんとうのものとしているかよ、である。
極めて点の辛い立場から私は重信殺し前後のみを「怪談乳房榎」中の採るべき箇所といったけれど、最後に至るまでの各章も決して「江島屋」のような破綻は毫
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