ことに日の暮れ方、汗を拭き拭き戻ってきた奴さん、
「やっと……やっとみつかりました金色のが」
 と、ヌーッと差し出したのは、世にも大きな金ピカの張り子の男根!
 当時、花柳界では客を招くといって、縁起に張り子の男根を神棚に飾ったもので、今使い奴が持ってきたのは、まさにその超特大製のシロモノだった。
「ナナ何じゃイこれは?」
 目を剥き出して奥役人怒鳴りつけたら、言下に大真面目で相手は言った。
「だって旦那、最前《さっき》おっしゃったでしょ、かね[#「かね」に傍点](金)のおちんこ[#「おちんこ」に傍点]」

 もう一つこれも大江戸文化いと華やかに、魚河岸の日の出、吉原の桜、さては芝居帰りの月かげ青く、鐘は上野か浅草かと、八百八町の人々が、黒船一発の砲声に、徳川三百年の愉しいなつかしいゆめ破られなかった頃のお話。
 今では、わが友古川緑波の出現以来、「声帯模写」と名を変えてしまったが、昔はもっぱら声色《こわいろ》。
 もっと古くは「鸚鵡石《おうむせき》」とも称え、そうしたタイトルの声色の本さえ、売り出されていた。
 従って当時の声色屋さんたちは、今日とはまったく演出もちがっていて、時の諸名優の模写を演るたんび、必ず扇子で顔を隠し、その扇のかげで演じた。
 ただし、彼らは顔中をクシャクシャにしかめたところを見せながら演ったのでは、あたら美男の名優たちのおもかげをほうふつたらしめるべく、感興や効果を殺《そ》ぐといみじくも考えたからなのだろう。そうした、そんな時代の、ある初夏の真昼。
 多くの酔客通人を乗せて隅田川へ漕ぎいでた屋根舟に、万緑叢中紅一点、婀娜《あだ》な柳橋の美妓があった。
 飲めや歌えや。いまだその頃の隅田川は広重の絵をそのままの別天地で、鯉も鰻も白魚も漁れ、
※[#歌記号、1−3−28]佃育ちの白魚さえも、花に浮かれて隅田川――の唄のとおりで、一同惜みなく歓を尽くした。
 と――かの美妓、尾籠《びろう》な話だが、急に尿意を催してきた。美妓だろうが、名妓だろうが、こればかりは仕方がない。
 が、さすがにそこは柳橋仕込みの馴れたもので、スーッと舟べりへしゃがむと、しずかに裾を捲り、小さい美しい白扇で前を隠して、用をたしはじめた。
 とたんにサッと擦れちがった彼方の船の客の言い草がいい。
「オイ見ねぇ。ヨニ(女陰《ちょいん》)が声色をつかってやがらあ」
 まさかヨニとは言わなかったろうが――。
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    寄席と艶笑と

 下足番の曰く
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三亀松にクソとおもえど先生
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 という川柳が、坊野寿山君にある。
 柳家三亀松の「芸」への好悪は別として、冬夜、男のオーバーの中へしっかりと抱き寄せられた美しい色白長身の芸者の婀娜姿だけは、たしかに艶冶《えんや》な彼の「舌」から蘇ってくる。その三亀松の非発売レコードに、例の「新婚箱根の一夜」の閨房篇があると聞くが、ほんとうだろうか。が、かりにあるとしても、秘本とちがって音声を発するレコードのこと、めったなところではかけて聴かれまい。
 大阪落語に猫の小噺のシリーズがあって、自然にそれの第三席めが、エロティックな落ちになっている。まず第一席は砂浜にねている蛸の足を一本、ムシャムシャ猫が食べてしまったので、憤慨した蛸は今度は寝たふりをしていて相手が食べかけたとたんに海の中へ引き摺り込んでやれと待機していると、いっこうに猫、やってこず。曰く、その手は食わん。第二席は、その猫が一日、赤貝に手を挾まれて困り、カタコトと音立てて挾まれたままで梯子段を上っていくと、二階にいた耳の遠い婆さんが「誰や、下駄履いて二階へ上がるのは」。そして問題の第三席であるが、この猫、妾宅の飼い猫で赤貝の出来事の直後、湯上がりのお妾のふところに抱かれているうちつい滑り落ち、とたんに股間を見上げて、歯をむきだした猫め「フーッ!」。やや考え落ちめいた、いかにも気の利いた落ちだと思う。ところで話中、鳴り物を随所に駆使するのが特色の大阪落語は、小咄の落ちのあとへも、間髪をいれず華やかに囃子で捲し立てるのであるが、故立花家|花橘《かきつ》が、あるレコードへこの「猫」三題を吹き込んだ時には、股間を見上げて「フーッ!」のところでひとしきり噺し立てたあと、さらにあの悠容迫らざる調子で花橘《かきつ》、「ハテこの猫、なにを見ましたんやしらん」となぞって、またもういっぺん囃子を入れさせているのには、思わずふきだしてしまった。御丁寧にもエロを鳴り物入りで派手になぞったなんて落語家は、まず天下にこの立花家花橘だけだろう。
 いったいがエロティシズムと尾籠なギャグのいと多い大阪落語ではあるが、昭和初頭に没した菊石で面長だった長老桂枝雀も、一夕、なにかワイセツを言って、出演席ちかくの警察署へ曳か
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