て、ちらッと聞えたその会話の一節が……「悲観するのおよしなさいね。自殺なんてダメよ」とは、果してどの程度の言葉の意味で、何の話をしてゐたものだらうか。
 ぼくは中野で降りて、暗い町を早足に歩いて帰つたが、その途中ですれちがつた男達が……「美の表現は、きみ」と大声に話して歩いてゐたのは、これにもまた妙にオドロいた。


     十二、綜合展覧会

 この春の上野は引続いて各展覧会の盛況を極めたことだつたが、かゝりもかゝるが、入りも相当にあるのは、「文化国家」とうたはれる声々の響きもあらうし、正直のところ、見るものゝ少ないせゐがあるだらう。実は見る楽しみは劇といひ映画といひ沢山にあつても、「少ない」といふのは、実のあるものが少ない。明治のある時期には絵画展覧会は、極く規模が小さく、これに反して、団・菊・左等の劇壇は比較にならず大きかつた場合があつた。――それから見れば、今絵画展覧会のスケールが大きくなつたことは取り敢えず、文化国家の名にふさはしいものと見て良いやうである。この春のある新聞社が主催した、名画展(フランス絵画展)の如き、上野にあれだけの人垣を築いたことは、絶後ではないかも知れ
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