かけて曲折する堀にのぞむ城に、石垣のない、青草の柔かなスロープだけを見せた景観は、先にフランスのクローデル大使が、世界第一等の眺めの一つと推賞したと聞くが、誰しも同感であらう。
 木下杢太郎(太田博士)も、世界中方々廻つて見て、さて、やはり一番なじみの良いのは、この堀端だと、参謀本部の前のところで、青い水を見下ろしながら、ぼくに話した。――「堀」はまづ焼けなかつたが、参謀本部、すなはち、戦争最中の情報局は、跡形もなく亡滅して了つた。
 この建物はなかなか面白い――建築として第一に面白く、第二には、その数々の歴史から見て面白い――東京有数の記念物だつたが……これについては項を改めて書くことにしよう。
「お江戸日本橋七ツ立」を持つて廻るけれども、七ツの午前四時にあすこを立つたならば、さぞ足許の暗いことだつたらう。一体東京も、昔は夜ともなれば、相当暗かつたものらしい。江戸に至つては、さらに暗かつたらう。御府内の「暗さ」がうなづけなければ、辻斬りは、わからないやうである。明治も相当深くなるまで、依然として、夜は黒々としたものだつたらしい。小林清親の弟子井上安治の木版画を見ても、沢山ある秀れた安
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