三十円也。かたへに神官の御くじを振るけしきは従前と変らざれども、賽銭の降るものなく肩摩轂撃の雑沓なければ警官も手持ぶさたなるごとし。
京町筋より「非常門」を出て昔はねばし[#「はねばし」に傍点]かかりし方へと検分するに地形はこれと判別すれども家々皆低き平家なれば「茶屋が裏ゆく土手下の細道に落かかるやうな三味の音」を仰ぐと誌されし昔日の面影は何処にもなし。
人々も酉の市をとりのいち、歳のいち(市)と混じて怪しむものなく、遂に「とりのまち」引いては「二のまち」などのこの土地の言葉は衰亡せしものと考へる。
ただこの夜のあたりのたたずまひ、「空気」には、どことなく「景気」といへるやうのもの漂ひてあり。昔は大鷲神社入口に夜空に高き長旗二旒白々と立ちしものなりき。もとより純綿もの白地大幅数反の大のぼりなり。かやうのものは「復興」するに至らず。吉原病院裏の池のあたりは森閑として人一人なく黒々と死せる如し。
昭和二十三年十二月誌
[#地から2字上げ]木村生
底本:「東京の風俗」冨山房百科文庫、冨山房
1978(昭和53)年3月29日第1刷発行
1989(平成元)年8月12日第2刷発行
底本の親本:「東京の風俗」毎日新聞社
1949(昭和24)年2月20日発行
入力:門田裕志
校正:伊藤時也
2008年12月11日作成
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