つて、俄然としてその先きの行手に娼家の一劃が展ける。通りの真中に打渡したコンクリートの道幅が大層広く、その両側の、娼家の造りをした家並みが、また大層低く比較的暗い。そのくせ惻々として町全体に物憂いやうな、打つちやりはなしたやうな、無言のエロティシズムが充満してゐる。それが吉原や新宿あたりのやうにぱつとしたものでないだけ――丁度空も暗くどんよりとした日の、この町にはそれが誂へ向きのバックだらう――一層陰々として真実めいた色街の景色だつた。
 これが第一印象だつたのである。
 洲崎の大門であらう。別に門の体裁は成してゐないけれども、とに角大門と称し得る標識塔がそこに左右一対に建つてゐて、鋳物であるが古風な、先づその右手の塔の表面に浮彫の文字がかなりの大字で「花迎喜気皆知笑」としてある。いふまでもなく左手の方とつゞいて一聯を成すものに違ひない。道路をわたつて左手へ行つて見ると果して、「鳥識歓心無解歌」としてあつた。裏面を見ると「明治四十一年十二月建」と打出してある。
[#「洲崎遊廓門柱」のキャプション付きの図(fig47709_01.png)入る]
 夜目で審さにはわからなかつたし、格別にも
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