杉さん」といふ人の環境裡には、手堅く成り立つてゐるといふ、驚くべく羨むべき昭和二十一年の身辺の現実であらう。
 小杉さんはずつと友達運のいゝ人だつたが、それが又(結果から見ると)友達運に薄かつたともいへる不思議な縁をたどつたことは、押川春浪、国木田独歩、中沢臨川、今村紫紅、森田恒友、倉田白羊、(追記、山本鼎)、好友ならざるなし、しかしその一人々々と、ぼつぼつと、別れて来たのだつた。それかあらぬか、森田さんの病篤い時だつた。倉田さんの時にもさうだつたが、その亡くなられる前から、小杉さんは、森田は死ぬなァ、または、倉田は死ぬなァ、死ぬなァと、その人の話の出る度に、その時病ひ篤かつた森田さん、倉田さん達の「死ぬ」ことばかり口に出していつて、僕など、返答に困ること度々だつた。そしてこれは聡慧流水の如しと雖も、小杉さん自ら気がつかれないことには、小杉さんはその都度、実はまだあれに死なれてはたまらないなァ、やりきれないなァ、と心に切々と、深々と、思ひ溢れてゐる。されば逆に言葉に出して、最悪に対してしきりと伏線を張りながら、寂しさを撓めてゐたのである。撓めて堪へきれなかつた小杉さんのジェステュアだつ
前へ 次へ
全36ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木村 荘八 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング