造されるものやら、これに二系統あるやうで、一つは比較的古く、上質の唐紙へ粗く描き流した南画風のものが多く、きまつて二重丸の中へ岸田と刻した俗な印章が捺してある。(かういふ印章は故人は使つてゐない)
それからもう一手は、これは近頃出来の――あるひは現に今も作られつゝあるだらうところの――悪質の偽作で、相当岸田ものを習つて作る仕事らしく、現に印章が二つ(写真に依つて?)偽造されてゐるから注意を要する。劉生之印とある稍大形の角印及び劉生とある小形の角印がいけない。双方ともほんものと比べて見ればわかることには、印の角々のきまりが堅い。劉生之印のほんものは角形の底の一線が心持半円に外へふくらみを持つてゐるのに、偽印はペタンとして薄情に一直線である。さういふペタンとした印を見たら眉唾と考へていゝ。
殊にこれは丹念に劉生好みの陶器や果物など図した手頃の描ものや色紙が多いので、けんのんなことである。(用紙、墨、共に、これは真作よりも上質なのは、バカバカしい限りである。)
岸田の作品は高値を呼んでゐるさうである。世の中のことはわからないもので、岸田を岸田銀行の頭取のせがれだなどといひ、先々金満紳士だつたと思つてゐる人もあるやうだけれど、実はその反対で、徹頭徹尾腕一本で叩き上げた彼は男だ。絵一つで叩き上げた。――絵はよく売れた男である。しかし今日の遺作が売買されてゐる程、それ程の値ではなかつた。
値のことは我々、かゝりが違ふので、まあ岸田程のものとなればいくら高く問はれやうと、それが当り前見たやうなものゝ、たゞさうなると得たりや応とばかりヘンな岸田劉生が相当世の中に行はれてゐるらしいのは、難渋なものである。
附
岸田は初めフューザン会の頃には日本画式を全然軽視して、殊に浮世絵は、歌麿など蛇蝎のやうに厭んでゐた。そして日本画式といふよりも広く東洋画式に対して、草土社の後期の頃、壺や林檎の静物や風景を一区切り描き上げて、麗子像の始まる頃から、頓に開眼関心するに至り、いはゞ大道から真向に入つたが、そこで仕事が燃焼して来るとスケールは見る見る絞るやうに狭く、深くなつて、初期浮世絵肉筆の鑑賞に至つて、止んだ。
ぼくの最近に見た「化けものづくし」の岸田について少々余事を述べておかう。故人を再検討する声の高い折柄、文献だけで調べては到底わからないことがこの辺にありさうで
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