二三町四方の真下の町へ蔽ひかぶさるためであらう。毎年花火の日は、昼間、第一発の、この「バリバリ」が始まつたが最後、もう、ゐても立つてもゐられない。――一度は(ぼくは幼年のことだつたが)川は花火の真最中に、両国橋の欄干が落ちて、家では兄貴の安否を気づかつて大変だつたといふことだが、兄貴はその時、外《そと》にはゐたが、橋にはゐず、大川端の水練場にゐたので無事だつた。
ぼくは寧ろその日の騒ぎよりは、その明くる日の両国橋の事を覚えてゐる。多分ひとに連れられて見に行つたものだらう。橋際の川の中の砂の出た処に、下駄や草履が一杯、山になつてゐた。
船で大川の花火を見たのは、却つて土地を離れてから、或る年、本郷からわざわざ花火見物に出かけた時だ、しかしこれは面白くなかつた。さすがに互ひに川の中は近いので、花火のしまひに、それが吉例の、火筒の船の人達が、とんと、西洋の画にある悪魔のやうに、船べりでぴよんぴよん踊つて、ばしやんばしやん川の中へ飛込む。――この有様はよく見えて奇観だつたが、いざ花火もしまつて、帰るとなると、四方八方、川の中は船だらけで、当分動けない。あたりは段々に灯も消えて寂しくなるし、
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