ることでも?
初子 戻つてくるわ。もう私――。
お秋 そのまゝでも?
初子 えゝ。
お秋 子供が生れたら――さうなれば、いよ/\、誰の子かわからないのよ。
初子 ――しかたが無いわ。
お秋 生れたら、女の子だつたら、又、私達と同じ様な此処の女になるのよ。
初子 あきらめるわ。――仕方が無いんだもの。
お秋 きつと出来るのね?
初子 えゝ。――(泣く)
[#ここから2字下げ]
間。
[#ここで字下げ終わり]
弟 畜生! いつまで続くんだ! いつまで続くんだ! いつになつたら、おしまひになるんだ! 何のためにこんなに、おしまひにならないんだ!
お秋 あ!(耳を澄ます。階下で男の声で何か怒鳴る音)
[#ここから2字下げ]
お秋、立つて、出て行く――階段の足音。
間。
[#ここで字下げ終わり]
弟 (尚も坐つたまゝ)初ちやん! 初ちやん!
初子 ――(突伏してゐる)
弟 初ちやん、帰つて来たねえ。
初子 (頭を上げて)えゝ。――恵ちやん、眼はいゝの?
弟 初ちやん、お前、どうしてあの男を、杉山と言ふ男を、刺し殺してやらなかつたんだ。どうして刺し殺してやらなかつたんだ? どうして、黙つて――。
初子 恵ちやん、怒らないで頂戴。私がいけない女なのよ。いくぢの無い女なんだわ。
弟 だつて、悪いなあ、初ちやんぢや無いんだ。奴等が間違つてゐるんだ。――俺にもハツキリとはわからないんだけど、だけど、悪いなあ奴等なんだ。奴等が悪いんだ。おぼえてゐるがいゝんだ。明日になつたら、あさつてになつたら、その次の日になつたら、又その次の日になつたら、その時にや、――どうするかおぼえてゐるがいゝんだ。
初子 沢ちやんはどうしてゐるの?
弟 まだ寝てゐる。まだ寝てゐる。くたびれてゐるんだよ。
初子 病気だつてね?
弟 病気だ。――あたりまへだ。病気になるなあ、あたりまへだ。こゝに居れば――。(足音――お秋が入つて来る)
お秋 初ちやん。
初子 誰か来たの?
お秋 杉山が来てゐるわ。
初子 一人で?
お秋 さうだわ。
初子 そして、どうだつて言ふの?
お秋 お前さん、私の言ふ通りにするのね?
初子 えゝ、それは。
お秋 するわねえ?
初子 するわ。何でもするわ。
[#ここから2字下げ]
お秋再び降りて行く。沢子入つて来る。
[#ここで字下げ終わり]
初子 あゝ、沢ちやん!
沢子 初ちやん!
初子 あんた、病気だつて言ふぢや無いの。そんな、起きてもかまはないの?
沢子 なあに、いゝのよ。――私、先刻から、あんたが来てゐることは知つてゐたんだけど。――何でも聞いて知つてゐるわ。――あんたもいろ/\苦しいわねえ。
初子 生れついてゐるんだわねえ。どうせ、どうなつてもみじめな人間だわ。(間)秦さんまだ通つて来るの?
沢子 えゝ。――。
[#ここから2字下げ]
間。足音――お秋と杉山が上つて来る。
[#ここで字下げ終わり]
杉山 (言ひながら入つて来る)嘘をつきねえ。嘘だ。そんな馬鹿なことがあつてたまるか。そんな馬鹿な――(坐つてゐる初子をヂツと見る)
お秋 嘘だか本当だか、初ちやんに聞いて見ればいゝわ。
杉山 本当かい、おい?
初子 本当よ。
お秋 ね、見るがいゝ。そして、それはお前さんの子だわよ。
杉山 なにい?
お秋 それに違ひ無いのよ。それに違ひ無いと初ちやんが言つてゐるのよ。
杉山 何を言つてやがるんだ。町田がゐるぢや無いか。――そんな、おい、俺を甘く見て貰ふまいぜ。
お秋 お前さんは、そんなやくざ[#「やくざ」に傍点]だよ。自分のことを悪徒だと思つて、悪徒づらしたつて、私にやわかつてゐるんだよ。たゞ何でも無いやくざ[#「やくざ」に傍点]だよ。――人をおどしつけたり、嫌味を並べたりする外に何も出来ないんだ。――お前さんは以前から、資本家がどうのかうのつてえらさうな事を言つてゐるんだけど、それがどうしたの? さう言つてゐるお前さんが、全体何をしたの? 何をしてゐるの? お前さんは、やくざ[#「やくざ」に傍点]なんだよ。
杉山 何を言つてゐるんだ。俺はしようとさへ思へば何でも出来るんだ。たゞ、しないでゐるだけだ。――俺がやくざ[#「やくざ」に傍点]なら、手前達は、ど淫売だ。
[#ここから2字下げ]
間。
[#ここで字下げ終わり]
お秋 それがどうしたの? さうだよ。それでいゝぢやないか。――それがどうしたつて言ふの、これを見るがいゝ。(着物を脱いで裸にならうとする)
沢子 まあ、秋ちやん!
初子 秋ちやん!
お秋 見たきや見せてやるわ。私は淫売だよ。しかし、それをして自分で食つてゐるのよ。自分の身体で食つてゐるのよ。さうしなきや食へないからだわ。――それがどうしたつて言ふの?
弟 (三畳に坐つたまゝ)畜生が! 畜生が! ち、ち、ち、畜生が!
[#ここから2字下げ]
杉
前へ
次へ
全21ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング