!(扉《ドア》を叩く音)
他の声 阪井、君が来てくれなきや、どうにもならねえんだ。君が来てくれなきや、俺達はおしまひだ。開けてくれ!(叩く音)おかみさん、秋んべ、おい、おい、おい!
[#ここから2字下げ]
阪井は動かないで立つてゐる。
[#ここで字下げ終わり]
女将 (奥で眠そうな声)はーい、どなた、どなた、もう寝ましたから、明日にして――。
声 何を言つてやがるんだ。そんな段ぢや無えや。早く開けてくれ。(扉を叩く音)
[#地から1字上げ]――幕――
(四)[#「(四)」は縦中横] お秋の室
[#ここから2字下げ]
六畳。(一)の沢子の室と同じ感じ。ただ(一)ではその左に三畳の間が続いてゐたのが、今度は右方にある。
朝。左手の窓から陽が差しこんでゐる。襖で立切つた三畳は矢張《やはり》薄暗い。そこに坐つて封筒を張つている弟の姿がボンヤリと見える。紙の音の断続。その側にヂツト正面を向いて坐つている阪井の姿。六畳の方にはお秋と初子が抱き合つて立つてゐる。初子は顔をお秋の肩に埋めて、すがり付く様にしてゐる。初子はたつた今、外から入つて来たらしい様子。少し取散した着物、断髪。短い間。
[#ここで字下げ終わり]
初子 ――秋ちやん。――秋ちやん。――あたし、帰つて来たわ。――あたしは、やつぱり、此処の人間だつたのよ。――此処の人間だつたのよ。――帰つて来たわ。
お秋 ――随分、心配してゐたのよ。馬鹿な真似でもしやあしないかと思つて、心配してゐたのよ。
初子 しようとまでしたんだけど、出来なかつたわ――戸崎の内《うち》まで行つたんだけど、内の前まで行つたんだけど、どうしても入れない。――そいで、大川へ出たの。――大川の縁で、それから桟橋の方でも一晩中ウロウロしてゐたの。――身を投げようと思つて、水のわきまで行つた――。それでも出来なかつたわ。――そして、帰つて来たわ。
お秋 ま、ま、いゝわ。いゝから、お坐り。
初子 えゝ、ありがと。えゝ、ありがと。
お秋 もう泣いちやいやだわよ。いゝの。
初子 泣かないわ。
お秋 さあ坐らない、ね。
[#ここから2字下げ]
二人坐る。
短い間。
[#ここで字下げ終わり]
一体どうしたつて言ふの?――私、ゆふべ、町田さんと杉山さんが見えたんでそりやビツクリしたのよ。だつて、まるで思ひもかけなかつたんだもの?
初子 え、二人が来てゐるの?
お秋 いゝえ、今、此処に居る訳ぢや無いわ。ゆうべ来て、二人とも初ちやんを戻して呉れつて言ふのよ。
初子 杉山さんは、匕首なんか持つてゐなかつた?
お秋 匕首? どうしたのさ? ぢや、そんな――。
初子 えゝ、それで、私達を以前から、おどしつけてゐたのよ。
お秋 さう、そんなに――。だけど、そんな事、何でもありやしないわ。子供だましだわ。
初子 えゝ、そりや、私だつて、今更、まさか小供ぢやあるまいし、そんな物、こわくも何ともありやしないんだけど――。それから、それ位のことで町田さんの家を出て来たんぢやないんだけど――。
お秋 どうしたのさ? あんな、――あんなにまで無理をして一緒になつた、あんた達がさ、――どうしてまた? ――。大体、町田さんから聞いたには聞いたんだけど――。
初子 あの人は可哀さうよ。実家とは私のためにあんな事になるし――。それに、あんな身体で夜まで働きに行くんだもの。――あたし、それを思ふと――。
お秋 ――だつて、そりや、好きな女と一緒に暮すために、町田さんが自分ですることだもの、あたりまへだわ。あたりまへとは言へないまでも、とにかく、それはそれでいゝぢやないの。――それつぱつちのために、初ちやんが、なにも――。
初子 えゝ、それは、そんな訳から私、出て来たんぢや無いわ。――あの人が可哀さうに思へたからつて、それだけぢや無いわ。それだけなら、私、飛び出したりしやしないわ。かへつて傍にゐるわ。――さうぢや無いわ。それよりも、杉山が、それこそ、しよつちう内へ来るの。どんなに引越しても、直ぐに捜し出してやつて来るの。まるで蛇よ。
お秋 えゝ、聞いた。
初子 そのたんびに、町田が苦労するの。私だつて、どんな嫌な目に逢つたか知れやしない。――しかし、それだけなら、いゝのよ。あれから、六ヶ月余りも、それを辛抱したんだけどそれだけなら、私、一生でも辛抱出来たんだわ。――しかし、私、考へたのよ。――私はもともと、さう、秋ちやんと同じ様な、沢ちやんと同じ様な女だわ。そんな女なんだわ。身を持ちくづした、仕様のない女だわ。――杉山が、私に、町田さんと一緒になつてからまでも、私に附きまとふのは、それは、勿論、杉山が仕方の無い悪《わる》で、金を取るためなのは解りきつてゐるんだけど、しかしねえ――。
お秋 ――。
初子 しかし。――私考へたわ。もしかすると、私だつて、同じ様
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