、真正面から切つてやるのよ。
町田 あゝ、大丈夫だ。――だけど、それよりも、僕は初子の事が心配なんだ。あれは、もしかすると、――。
お秋 大丈夫。私が受合ふわ。人間は、そんなに簡単に死んだり出来るもんぢや無いわ。大丈夫だわよ。
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二階へ去る。町田、神経的にその辺を歩き廻る。
間。
足音がして杉山とお秋が降りて来る。杉山と町田は顔を合せるが、無言。――杉山は落着いて煙草をふかしてゐる。――町田は立つたまゝ、手をブルブル顫はしてゐる。
間。
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町田 ――杉山さん。
杉山 ――。
町田 ――僕は今更――。
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間。
[#ここで字下げ終わり]
僕は今更、あなたに――。
杉山 なんだね?
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間。
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町田 ――初子がゐなくなつたんだ。
杉山 知つてるよ。
町田 それで、お願ひがあるんだ。
杉山 ――?
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間。お秋は立つて二人を見ている。
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町田 ――僕は初子に、惚れている。
杉山 (黙つてニヤリとする)
町田 だから、――お願ひがあるんだ。
杉山 変な事を言ふなよ。
町田 僕が惚れてゐることは、あんただつて知つてゐますね。
杉山 俺だつて、惚れてゐるよ。
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永い間。
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町田 しかし、あなたは、初子で無くても済むんだ。――初子は苦しがつてゐるんですよ。死ぬかもわからない――。
杉山 どうしたんだよ、それが?
町田 杉山さん、僕は一生恩に着る。恩に着るから、お願ひだ、私に初子をスツカリ下さい。お顔ひします。
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間。
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杉山 いやだと、俺が言つたら――。
お秋 杉山さん、お前さん――。
杉山 黙つてゐてくれ。俺はそんな男なんだ。
町田 ――無理にも僕に下さい。お願ひです。今更思ひ切らうとしても、出来ないんだから――。僕は、そのためなら、もう、命を投出してゐるんです。死んでもいゝんです。それに免じて――。
杉山 死んでもいゝ?
町田 えゝ、かまひません。
杉山 馬鹿言つてら。
町田 冗談ぢやありません。お願ひです。
杉山 本当だな? 死んでもいゝんだな?
町田 だから、初子の事を思ひ切つて下さい。
杉山 ぢや、外へ出たまい。一緒に外に出よう。外に出て話をつけようぢやないか。
町田 外へ? どうするんです?
杉山 外へ出て、二人で話を附けようと言ふんだよ。
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町田、助けを乞ふ様に、お秋を見る。
お秋、黙つて表情を変へぬ。
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杉山 出ようぢや無いか。
町田 えゝ、そりや、行きますけど――。
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再びお秋を見るが、お秋は黙つてゐる。
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杉山 行けないのか?
町田 行きますよ。
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杉山、扉を押して外に去る。町田も続いて消える。少し足がヨロヨロしてゐる。お秋、二人の去つた扉をヂツと見詰めてゐる、――間。
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声 (二階の口から弟の)姉さん、姉さん、姉さん! 姉さん! 阪井さんは居ないぜ。
お秋 ――。
声 姉さん、何をしてゐるんだよ? まだ寝ないの? どこにゐるんだい、阪井さんは?
お秋 ――。
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足音、弟が降りて来る。
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弟 何をしてゐるの? 姉さん? 何処にゐるんだい?
お秋 恵ちやん、まだ寝ないのかい?
弟 姉さんこそ、何をしてゐるんだよ? 阪井さんは二階にはゐないぜ、此処に居るんだらう?
お秋 いゝえ、此処には居ないよ、どつか便所にでもゐるんだろ?(阪井動かない)
弟 はは、隠してら。はづかしいもんだから隠してら。
お秋 何を言つてるんだよ、子供のくせに。早く行つておやすみ。
弟 姉さんは?
お秋 (立上つて、扉を閉める)私も寝るよ。さあ、――沢ちやんは?
弟 沢ちやんは、何だか又下腹が痛いつて苦しがつてゐるよ。阪井さんは?
お秋 いけないねえ。ぢや、行つて見よう。阪井さんは二階の納戸《なんど》か便所だろ。心配しないでいゝよ。
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弟の手を取つてやつて、一緒に階段を昇りながら、
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それ、用心しないと、踏みはづすわよ。又、転げ落ちるわ、こないだの様に。いゝかい。
弟 大丈夫だつたら。――姉さんの手は今夜ひどく冷たいねえ。
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二人階上に消える。阪井動かず。電燈だけ明るい。
間。
扉の外(舞台奥)に三四の足音。
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声 おい開けてくれ! 開けてくれ! おかみさん、お秋ちやん! 開けてくれ! 阪井君を出してくれ。阪井君を迎へに来たんだ! 開けてくれ
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