ゝ、早く出てくれなくちや困ると言ふのよ。
秦 その身体でか?
沢子 私、もうどうなつたつていゝから明日からでも貰ふつもりでゐるわ。
秦 そんなお前、無茶な――。
沢子 かまはないわ。――もう私なんぞ、こんなにひゞの入つた身上《しんしやう》だし。
秦 そいつあ、やけ[#「やけ」に傍点]と言ふもんだ。
沢子 やけ[#「やけ」に傍点]だつて何だつていゝぢや無いの。――それに寝てゐれば、食べるものだつてロクロク持つて来てくれないんだもの。――もう四日前から秋ちやんがおごつて呉れるものだけだわ、食べるものは。
秦 さうか――。
[#ここから2字下げ]
間
[#ここで字下げ終わり]
――あゝ、こないだ話してゐたの、持つて来たよ。
沢子 なあに?
秦 (包を出して)これさ、薬だよ。薬屋でさう言つたら、向ふの奴、ニヤニヤ笑つてゐやがつた。(寂しく)ははは。十日分も買つて来りやよかつたんだが、手が廻らなくて、これは三日分だ。無くなつたら又此の次にするよ。(弱々しく)しかし、食ふものも食はないぢや、薬だつて効くめえ――。
沢子 (泣き出してゐる)
秦 だけど、まあ、その内にや何とかなるよ。何を泣くんだね。困るなあ。泣く事は何も無いぢやねえか、え? おい(短い間)
沢子 (自分の気持とは反対の語調で)新さん、私、そんなもの要らないよ。
秦 え?
沢子 そんな薬なんぞ要らないよ。
秦 どうしてだよ。まあ? 急に又何を言ふんだ? お前の身体を心配すりやこそ――。
沢子 (強いて)ほつといておくれ、お前さん、そんな金がよくまああるね。――(泣声)お前さんにや、妻や子は可愛く無いの? 妻子の事は考へないの? なんだつて、なんだつて又私みたいなこんな――。私や知つてゐるよ。あんな気立のいゝおかみさんや子供をかつゑさしといて私に、私に薬を買つて来る金が、よくあつたねえ。要らないよ、私や。
秦 そ、そんな事を言つたつて――。
沢子 私やこんないけない女だよ。こんな、腐つた様な女のどこがよくつて、お前さん、妻子をうつちやつといてやつて来るの? たかが平職工の取る金位で、さ――。
秦 (気色ばんで)なに、なんだつて!(しかし再び気弱くしよげる[#「しよげる」に傍点])
沢子 さうぢや無いか。そんな、そんな余分の金が在つたら、おかみさんに、ちつたあお米の苦労位させなきやいゝぢや無いか。私が妬いてこんな事言ふ
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