んまさんになることよ。そしたら姉さんだつてこんな所にゐないでもよくなるわねえ。
弟 世間の奴は、みんな畜生だ。俺と姉さんを置いてきぼりにしたおやぢ[#「おやぢ」に傍点]とおふくろ[#「おふくろ」に傍点]が第一畜生だよ。畜生!畜生!
沢子 そんな、それは恵ちやんにはまだ解らないわ。どんな訳があつたかも知れない。――私にだつて国には子がゐる。――もう三つになつてゐるわ。それに母親がこんななんだから。(寂しく笑ふ)
弟 何と言ふ名だよ?
沢子 忘れてしまつたわ。――いゝえ、忘れてしまはうとしてゐるの。だから、言はないで頂戴もう――。
弟 逢ひたいかい?
沢子 (寂しく笑つて)無いわ。いゝえ、逢ひたく無いわ。――逢はない方がいいわ。
弟 その子も、俺の様に封筒張りをしてゐるね?
沢子 さあね、しかしまだそんな事出来ないから――。
弟 いゝや、きつと封筒を張つてるよ。
[#ここから2字下げ]
短い間
[#ここで字下げ終わり]
沢子 しかし恵ちやんは、秋ちやんの様にいゝ姉さんを持つて、まだ、どんなに仕合せだか解らない。
弟 ――姉さんは夜おそくなつて一人で泣いてゐる事があるよ。隠してゐるんだけど、俺にやわかるんだ。――姉さんに今の様な事をさせないためなら、俺ら死んだつて関[#「関」に「ママ」の注記]はないんだ。あゝ、何でも無いよ。
[#ここから2字下げ]
足音をさせないで職工服の秦が六畳の方へ入つて来る。包と辨当箱を下げてゐる。
[#ここで字下げ終わり]
姉さんは、俺らのために、こんな事をしてゐるんだ。俺にや、いくら一生懸命になつても一日に十銭より封筒は張れないんだ。――畜生! 世間の奴等! 畜生! 肩を、へし折つてやるんだ。畜生!(荒く立上つて、三畳の左隅の障子を開けて出て行く)
秦 どうしたと言ふんだい?
沢子 あなた、又来てくれたの。
秦 どうしたんだい?
沢子 恵ちやんよ。秋ちやんの弟の。
秦 それはわかつてゐるんだけど、何をあんなに怒つてゐるんだね?
沢子 眼が見えないし、あの子も可哀さうなのよ。
秦 ――しかし別に今に始まつた事ぢや無いんだし――。お秋さん居ないの?
沢子 えゝ、昨日の臨検騒ぎで警察へ行つたつきり、まだ帰つて来ないわ。――なにね、先刻《さつき》おかみさんが来て、私に嫌みを言つたもんだから、それから恵ちやんが――。
秦 嫌みてえと、また――。
沢子 え
前へ
次へ
全41ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング